最近人気の記事

2014年8月29日金曜日

ドゥーエが考える航空作戦の原理とその応用


今回は現代の航空戦略の基礎を築いたイタリアの軍人、ドゥーエの著作『制空』の一部を紹介したいと思います。

ちょうど第一次世界大戦の経験から航空機の軍事的価値が認められ始めた時期において提出されたドゥーエの航空戦略の理論は画期的なものでした。

それは陸軍や海軍の一部隊として航空戦力を置くだけではなく、航空戦力それ自体の長所を発揮するためには、独立した空軍が必要であることを主張するものだったためです。

ドゥーエの説によれば、空軍を運用する際の戦略上の基本原理は次のように定められています。
「攻撃による物理的、精神的な効果は攻撃の場所と時期とを集中させたときに最大となる」
ここから、ドゥーエは航空戦力を陸海軍に分離して運用するのではなく、独立した空軍として集合して運用するべきという原則を導いています。

なぜ、空軍は集中して運用されなければならないのか、という疑問について答えるためにはドゥーエの考える航空作戦の仕組みを理解しておく必要があります。

ドゥーエは航空作戦の計画方法について次のように説明しています。
「直径500メートルの地域を破壊することができる爆撃部隊を50個保有する空軍は1回の飛行で居住地域、倉庫、鉄道センター、工場、その他の50個の敵の目標を完全に破壊することができる。 
空軍が集中して行動できる範囲が決定すれば、この領域にある目標を分析する。最大効果を得る原則に従って、この地域をそれぞれに50の目標を含む破壊地域に分割する。 
例えば10個の破壊地域に分割することができたとすれば、それは敵の領域にある全ての目標の破壊に10日間の作戦が必要であることを意味する。次に破壊地域の攻撃順序を決定する」
ここでも説明されている通り、ドゥーエは航空作戦の最も重要な部分は我の航空優勢を確保することを通じて、敵地の重要な施設を爆撃部隊で攻撃することであると考えていました。

彼我の爆撃部隊が敵の地上目標に投下できる爆弾の総量が等しく、また彼我の軍事拠点を破壊するために同程度の爆撃効果が必要であるならば、その航空作戦の成否を分けるのは、どちらが先んじて敵の軍事施設や重要拠点を破壊するかどうかということになります。

ドゥーエは一刻を争う航空作戦において航空戦力が分割されていると、敵地を攻撃するための運用で致命的な遅れが生じることを懸念していたということです。

こうしたドゥーエの航空戦略の理論は現代においても重要な参照点となっています。
特に現代でも確実な防御手段が確立されていない弾道ミサイルの運用に関しては、ドゥーエの理論には未だに有効な部分が少なくありません。

ただし、防空に関する技術革新により、空軍においても防御者が優位に立つことが可能な局面が見られるようになりましたので、最近の研究ではドゥーエの理論の全てが現在でも通用するというわけではないということも指摘されるようになっています。

KT

2014年8月25日月曜日

論文紹介 水陸両用作戦能力における自衛隊の課題


今回は、海上自衛隊の幹部学校における水陸両用作戦に関する調査研究の成果の一部を紹介したいと思います。

中矢潤「我が国に必要な水陸両用作戦能力とその運用上の課題 米軍の水陸両用作戦能力の調査、分析を踏まえて」『海幹校戦略研究』2012年12月(2・2)、82-100頁
http://www.mod.go.jp/msdf/navcol/SSG/review/2-2/2-2-6.pdf
(海上自衛隊幹部学校についてはこちらからどうぞ)

目次構成
はじめに
1.米軍の水陸両用作戦の概念等
2.米軍の水陸両用作戦能力
3.我が国の水陸両用作戦能力
4.水陸両用作戦能力を保持した場合の運用上の課題
おわりに

米軍の水陸両用作戦の教義や戦力を解説している部分も興味深いのですが、この論文で特に興味深いのは日本の水陸両用作戦能力に関する見積が示されている部分です。
防衛白書では「事前に兆候が得られず島嶼を占領された場合は、これを奪回する」方針が示されています。

しかしながら、著者は現在の国際情勢の特性を判断する限り、敵が島嶼を突如として着上陸して占領したとしても、その戦力の規模は小規模であるだろうと予測します。
したがって、この論文で扱う問題は基本的に自衛隊の現状の勢力を大幅に増強しなくても対応可能な範囲に限定しています。

さて、水陸両用作戦のために必要な海上優勢と航空優勢の確保に関しては、自国の領土が作戦地域となるため現状の自衛隊の能力である程度の対応は可能としています。
ただし、課題として陸上自衛隊の上陸部隊を揚陸するための上陸用舟艇が必要であることが示唆されています(中矢: 94)。

というのも、現在の自衛隊の装備では「おおすみ」型輸送艦搭載のエア・クッション揚陸艇を使用することが可能なのですが、これは人員や武器、装備の輸送力、運搬能力において上陸用舟艇に劣っているためです。
米海軍の上陸用舟艇LCU-1610型LCU1627。
独航型とは異なって揚陸艦に艦載されるもの
論文で引用された著者による米軍の第11水陸両用戦隊司令官のインタビュー調査によれば、エア・クッション揚陸艇と上陸用舟艇には次のような異なる特徴があります。
「エア・クッション揚陸艇(LCAC)と上陸用舟艇(LCU)に関し、LCAC は高速であり、LCU と比較し上陸適地が多いものの、LCU と比較し運搬量が少ない。また、LCU は速力が遅く LCAC と比較し上陸適地が制約されるものの、大量の物資が輸送できるのが強みである」
また、著者は海上自衛隊の対地攻撃能力においても課題があることを指摘しており、水陸両用作戦能力の向上のために海自の武器体系に関しても検討を促しています。

著者は水陸両用作戦が少なくとも陸自と海自の統合運用を前提とする以上、その部隊と装備の運用計画に関してどの程度までの調整を要するかも検討しています。

論文によれば、米軍の海兵遠征隊は6か月を一つの期間に区切って訓練計画を実施しています。

つまり、部隊が展開する前の段階における部隊錬成のための訓練期間6か月を米国本土で終えてから、部隊は海外の拠点に展開されて練度を維持するための訓練を6か月受けます。この段階で実戦に投入されることもあります。
これが終わった後に司令部以外の部隊は編成を解除され、再び展開前の訓練の準備や人事異動などが行われることになります(中矢: 95-96)。

しかし、これと同じような訓練計画を自衛隊で導入しようとすると、陸自と海自の訓練計画を非常に詳細に調整する必要が出てきてしまいます。陸自には艦艇を運用する能力はなく、海自だけでは水陸両用作戦の訓練はできません。これこそが、この論文で結論付けられている日本の課題です。

この論文は米軍の水陸両用作戦の概念や施策をまとめた良い研究であり、この方面に関心がある方は一読をお勧めします。

私の所感として、水陸両用作戦能力を向上させるためには、現状の部隊、武器、装備を考えるだけでなく、部隊の練度を支える訓練計画に関してもさまざまな施策が必要になる点がよく論じられていると思いました。

KT

2014年8月20日水曜日

論文紹介 民間軍事会社の軍事的な有用性


今回、紹介したいのは米陸軍の統合幕僚学校で行われた民間軍事会社(Private Military Company)の軍事的な有用性に関する研究論文です。

民間軍事会社の認知度は日々高まっていますが、それが軍事的な観点から見てどのような問題があるかが検討されています。

Wallwork, R. D. 2005. ''Operational Implications of Private Military Companies in the Global War on Terror,'' Monograph, School of Advanced Military Studies, Fort Leavenworth, KA: U.S. Army Command and General Staff College.

著者がこの論文で検討しているのは、特に対テロ作戦のような低強度紛争において民間軍事会社どの程度の有用性を持ちうるかという問題です。

企業がますます作戦行動に参加する度合いが増している一方で、その能力が過大に評価されていることを著者は懸念しています。
というのも、民間会社を部隊として運用する軍事教義の研究開発がそれに追いついておらず、適切に指導監督する方法も十分に確立されているとは言えないからです。

著者は民間軍事会社が持つ作戦上の有用性を評価するために、経営学で用いられるSWOT分析(Strength, Weaknesses, Opportunities, Threatsの略)を使っています。
これは企業の対内的な強みと弱み、環境的な機会と脅威という四つの観点から経営戦略を評価する枠組みで、その分析結果として次のことが報告されています。

まず著者は民間軍事会社の能力を考えれば、非常に戦術的な役割を果たすものに過ぎないが、これは事実上の対外政策の手段としても利用することが可能である点を評価しています。
もし政治的な理由で直接的に部隊を派遣することができない場合えも、民間軍事会社を通じて間接的に部隊を現地に派遣することができるということです。

特に著者は民間軍事会社の即応体制は通常の軍隊と比較しても優れており、例えば主力の到着の前に実施する情報収集を目的とした現地偵察のような任務においては、迅速に展開することが可能だと見ています。さらに著者は経費の節約に関しても言及しています。

ただし、著者は民間軍事会社が政治的影響力を行使する危険に注意を促してもいます。
例えば民間軍事会社がロビー活動を通じて政府内部の政策決定に影響を及ぼす癒着が醸成されるような状況が、一つの危険として考えられます。

結論としては、民間軍事会社の運用に際しては厳格な統制と法的な規制を必要とすることが大前提としながらも、今後の軍隊の教義を研究開発する上で民間軍事会社が存在することを反映させなければならないと提言をまとめています。

将来の戦略家は武力の行使に当たって正規軍を投入するべきか、民間軍事会社を投入するべきかという判断が要求される場面に直面する可能性があり、そうした戦略上の問題との関連でさらなる研究が行われるべきであるという要望でこの論文は結ばれています。

民間軍事会社の研究はまだ新しい分野ですが徐々に発展しています。
この論文は経営的観点と軍事的観点を結びつけながら、軍隊が民間軍事会社を利用できる部分と、利用が危険な部分があることを区別する必要を主張するものとして評価できると思います。

いずれにせよ、将来、大国間で大規模な戦争が勃発する可能性が低く、アメリカで財政再建が進み、軍隊の整理縮小が進めば、民間軍事会社に流入する人材や装備は一層増大し、この業界の重要性はますます高まることが予想されます。

KT

2014年8月18日月曜日

論文紹介 海洋戦略の戦略要点、チョーク・ポイント


今日、世界経済を支えている航路帯の中には、船舶の往来が特に集中する交通の要所がいくつかあることが知られています。

軍事地理学や地政学の用語では、こうした地点のことをしばしばチョーク・ポイント(Choke Point)と呼びます。
今回はそのチョーク・ポイントを重要度に応じて分類して見せた論文を紹介したいと思います。

Alexander, L. M. 1992. ''The Role of Choke Points in the Ocean Context,'' GeoJournal, 26(4): 503-509.

目次
1.狭隘な国際水路を通じた交通のレジーム
2.チョーク・ポイントの性質
3.最重要のチョーク・ポイント
4.二次的なチョーク・ポイント
5.その他のチョーク・ポイント

チョーク・ポイントは各港湾の間の海上交通路の連絡を保つ上で、極めて軍事的な価値があります。その典型的な事例としては、地中海と黒海を結ぶボスポラス海峡やダーダネルス海峡が挙げられます。
水域が狭隘で封鎖が容易なために、この海域の往来が制限されると海上交通路それ自体の連絡が遮断されてしまいます。

ただし、著者は全ての海峡がチョーク・ポイントとしての価値があるわけではないことを指摘しています。戦略的な重要性に応じてチョーク・ポイントとしての価値を判断する方法として次のように示されています。

評者が要約すると、その判断基準として著者が特に重視するのは次の三つの性格です。
・狭隘性、封鎖の容易性
・代替不可能性
・沿岸諸国への影響

これら三つの基準から見て最も重要度の高いチョーク・ポイントと分類されるのは、以下のようになります。
・ジブラルタル海峡
・バブ・エル・マンデブ海峡
・ホルムズ海峡
・デンマーク海峡
・トルコ海峡(ボスポラス海峡・ダーダネルス海峡)
・スエズ運河
・パナマ運河

これらと比較すれば以下の例は、重要度が若干低下するものの、二次的に重要なチョーク・ポイントと判断できるものです。
・マラッカ海峡
・ドーヴァー海峡
・ベーリング海峡
・スンダ海峡・ロンボク海峡
・バラバク海峡
・大隅海峡
・津軽海峡
・対馬海峡

著者の分析によれば、チョーク・ポイントの役割に関しては三つの要因が及ぼす影響を考慮するべき事項があります。
第一に地政学的な変化であって、例えば冷戦期と冷戦後ではソ連海軍の太平洋艦隊の大幅な減勢によって、津軽海峡と対馬海峡の重要性は低下したことは、地政学的な変化によってチョーク・ポイントの性格が変化した事例です。

第二に経済地理的な変化による影響があり、イランや湾岸諸国にとってホルムズ海峡の海上交通路が生命線であること、中国にとっては台湾海峡とルソン海峡が重要であることの理由は、この経済地理的考慮から説明できます。

第三が環境的考慮による影響であり、1989年3月のエクソンバルディーズ号原油流出事故で大規模な原油の流出が発生した際に大規模な生態系の破壊が生じたことがあります。
著者はこうした事故に見られるように、環境保全の必要から海上交通が規制される可能性があることにも注意を促しています。

この論文が貢献したことは、地政学で頻繁に用いられるチョーク・ポイントという概念に一定の尺度を導入し、その重要性を判断するための基準を明確化したことだと思います。

さらに著者の分析枠組みによって二次的に重要性が高いチョーク・ポイントに大隅海峡、津軽海峡、対馬海峡という日本人にとっても間近にある海峡が数えられている点は示唆的だと思いました。

著者が指摘するようにチョーク・ポイントは海上封鎖の対象となりうる場所であり、その海域は隣接する海域の海上交通に甚大な影響を及ぼします。
こうしたチョーク・ポイントの保全を考えることは、海洋国家としての安全保障にとって原点であるべきではないでしょうか。

KT

2014年8月13日水曜日

論文紹介 なぜ外交は研究されないのか


国際関係を処理する上で、外交というものは最も重要な仕事の一つであることに疑問の余地はありません。

それにもかかわらず、外交に対する研究はそれほど活発というわけでもありませんでした。
これは日本だけでなく、世界的に見ても当てはまる状況ですが、今回紹介するシャープの論文はこうした研究動向を見直す必要を示唆しています。

論文紹介
Sharpe, P. 1999. ''For Diplomacy: Representation and the Study of International Relations,'' International Studies Review, 1(1): 33-57.

目次
1.外交の観念:覇権から孤立まで
2.外交に対する態度:市民、実務家、研究者
3.外交学
4.意思表示としての外交:研究課題のための若干のテーマ
5.近代の外交を超えて

著者は国際関係の研究者がより外交に対して注意を払うべきであるにもかかわらず、国際関係の研究と外交の研究が分断されていました。

その必然的な結果として外交学(Diplomatic Studies)の研究領域の位置づけが学会の中で副次的、周辺的なものとなってしまったのではないか、と著者は指摘しています。

ただ、こうした学会の状況は近年になって改善されつつあることも著者は指摘しており、アメリカにおいて外交を研究する講座の設置がハーバード大学、タフツ大学、ジョージタウン大学、ケンタッキー大学などで進められていることが報告されています(Sharpe 1999: 45)。

ともあれ、著者は外交に関する研究者は自身の領域に留まらず、より幅広い議論に参加することを促しています。
それまでの研究者は国家を中心とした外交だけに視野を限定してきました。
国家を重要な主体と見ること自体に問題はないのですが、そのことによって近年の国際関係論の研究が示唆する非国家主体による外交の重要性を無視してはならない、というのが著者の立場です(Sharpe 1999: 50)。

これは従来までの国家を中心に研究されてきた外交学の立場からすれば、論争を引き起こす主張ですが、議論する価値がある主張でもあります。

著者は外交を意思表示の一種として捉えており、交渉活動の領域に限定して把握していません。
つまり、職業的な外交官の交渉業務だけではなく、軍人、企業家、市民、代議士、マスメディアなど、現代の国際関係に影響を及ぼす意思の表明を外交として把握する必要を主張しているのです(Sharpe 1999: 50-55)。

私がこの論文を読んで興味深かったのは、外交という概念の捉え方ひとつで、研究の範囲が非常に大きく異なり、結果として期待される研究成果までもが変わってくる点です。

例えばアメリカにおけるイスラエルのロビー団体の影響力は知られていますが、あの事例を民間外交の一種として捉え直す場合、イスラエルとアメリカの外交関係を評価する場合、どのような国際関係論の枠組みを適用するべきかが問題となります。

シャープの論文は外交の捉え方それ自体を再検討する意義を主張することによって、外交学の重要性をさらに強化したということが言えます。

KT

2014年8月11日月曜日

戦力比を補完する独立変数、戦闘効率


クラウゼヴィッツの『戦争論』には戦闘理論の数理的モデルを基礎づけるような記述が多く見られます。

その一つの議論が第3編戦略の第8章「兵数の優越」です。
ここでクラウゼヴィッツは戦闘を抽象化し続けると、究極的には彼我の戦力の相違だけが区別できるに過ぎず、「このように考えられた戦闘においてなら、兵数が勝利を決定することになる」と述べました。

事実、こうした部隊の規模が戦闘の結果に直接的な影響をもたらすことはその後の実証研究からも明らかになっています。しかし、今回取り上げたいのは、こうしたモデルでは説明がつかない例外的事例です。


以前に、1600年から現代にかけて記録が残っている戦闘のデータベースを利用して、戦力比が攻撃の成功率にどのように寄与しているかを紹介したことがあります。

ここで紹介しているのは戦力比が非常に劣勢(攻撃者/防御者の戦力比<1)であるにもかかわらず攻撃が成功した事例だけを抽出した資料です(McZuine 1993: 977)。

これまで確認されているだけで15例あり、20世紀に戦われた事例は8例、そのうちの一事例に日本軍の戦闘も含まれています。

これは攻撃者に極端に不利な戦力比であるにもかかわらず、攻撃に打って出た非常に珍しいサンプルだと言えます。
日本軍の兵員は7000名に対してイギリス軍の兵員は12000名、戦力比は0.58なので、日本軍は二倍近い敵に対して攻撃を行ったことが分かります。

しかし、この戦力比を補完する独立変数を取り入れると、この事例をよく説明することができるようになります。それが戦闘効率(Combat Effectiveness)です。

この日本軍とイギリス軍の戦闘は1941年に日本がマレー半島に侵攻する過程で発生したものですが、その戦闘に投入された部隊を比較すると、その質的側面において戦闘効率に格差があったことを指摘することができます。


この戦闘でイギリス陸軍の第11インド人師団を攻撃したのは日本陸軍の第5師団でした。

戦史に詳しい読者の方はご承知のことかと思いますが、第5師団は1888年に創設された歴史ある部隊であり、日清戦争、日露戦争、満州事変、シベリア出兵、支那事変で豊富な戦闘経験を有する部隊でした。
1941年、シンガポールを行進する日本陸軍の第5師団の兵士
一方、第11インド人師団はマレー半島の防衛のために1940年に創設されたばかりの部隊でした。

もちろん、その隷下の連隊には例えば第8パンジャブ連隊や第2グルカ人歩兵連隊のように、数多くの戦闘経験を持つ部隊もありましたが、軍事上の問題として師団としての総合戦闘力を発揮するための錬成訓練や作戦準備が十分ではなかった点です。

そのため、12月11日に戦闘が始まっても、第11インド人師団の隷下の旅団は当初、防御部隊の配置と陣地の選択で連隊間に混乱が発生し、構築された防衛線の状態は極めて不完全なものでした。
このような混乱は十分な演習を経験していない部隊によく見られる事象です。

この状況を重く受け止めた第11インド人師団の司令部は上層部に退却の許可を打診しますが拒否されてしまいました。

敵の防衛線に対する攻撃を開始した第5師団の司令部は当初、どの部隊と戦っているか判断がつかないほど歪な形の防衛線に驚きましたが、ほどなく敵が第11インド人師団であることを突き止めます。

防御陣地の配置を特定し終えると、その防御線の弱点を適切に見極めることが可能となりました。
そこで見出されたのが第15歩兵旅団の第9ジャート人連隊が配備されていた防御陣地であり、そこに第5師団は主力をそこに集中させて突破することに成功しました。

第11インド人師団は直ちに突破口を封鎖しようとしましたが、最初の部隊配置が不完全だったため、相互の連携が乏しく、一部の部隊が敗走を始めると、各地で連鎖的に損害が拡大してしまい、結果として壊滅的な被害を受けるに至ったのです。

この戦史に対する私の定性的な解釈としては、日本軍の戦闘効率の高さというよりもイギリス軍の戦闘効率の低さがこの戦闘の勝敗に重要な影響を及ぼしたと思われます。

無論、この事例から日本軍の精強さを評価することもできるかと思いますが、イギリス軍は師団の基本的な運用もままならないほどに訓練が不足していた点が重要だ、というのが私の判断となります。

当時のイギリス軍の背景にも言及しておくと、第一次世界大戦が終結してからイギリスでは厳しい財政事情を受けて大規模な陸軍の整理縮小を行っていました。
特にスエズ以東の陸軍の態勢に関しては人員、武器、装備、訓練、研究などの面で日本軍の戦闘効率に劣っていたのはそのためです。

今回の記事では非常に例外的な事例を取り上げて、その事例における戦闘効率の重要性を指摘しました。

一応の結論としては、戦闘効率という要因に着目することは戦闘を深く理解する上で重要なことを強調しておきたいと思います。

(今回の記事は読者の方からのご質問に応じて作成しました。ご質問をお寄せ頂いた読者にお礼を申し上げます。)

KT

関連記事
突破の戦術について
軍事力の見積について
軍事的プロフェッショナリズムについて

参考文献
McQuire, R. 1993. ''Force Ratio,'' in International Military and Defense Encyclopedia, New York: Brassey's.
McQuire, R. 1988. Historical Data on Combat for Wargame, Bethesda, MD: U.S. Army Concept Analysis Agency.
Dupuy, T. N. 1993. Encyclopedia of Military History. New  York: Harper Collins.

2014年8月6日水曜日

軍事的プロフェッショナリズムが軍隊を精強にする


安全保障の専門家は長らくドイツ軍の特異な強さに関心を寄せてきました。

例えばクレフェルトは第一次世界大戦から第二次世界大戦までのドイツが戦場で発揮した軍事力の評価を行っています。

その研究成果の結論として、クレフェルトは物質的要素だけでなく「精神的特性」を含ませながら、従来までの戦闘能力の考え方を再定義する必要があると主張しています(Creveld 1980)。
しかし、この「精神的特性」をどうすれば理解することができるのでしょうか。

その一つの方法は軍事的プロフェッショナリズムという観点から軍隊を観察することです。
以前の軍事的リーダーシップに関する記事でも取り上げたハンチントンの議論ですが、彼は軍事的プロフェッショナリズムの研究でもよく知られている研究者です(Huntington 1957)。

軍事的プロフェッショナリズムは軍隊にだけ見られる専門職業規範と言えます。
もちろんその規範には規律、団結、研究心、忍耐など兵士としての精神的徳目も含まれていますが、それらは軍事的プロフェッショナリズムで付随的な要素に過ぎません。

軍事的プロフェッショナリズムとは専門職に特有の考え方であり、それは将校団に固有の属性だからです。

このことを理解するためには、そもそもプロフェッショナリズムそれ自体が何かを簡単に理解しておく必要があります。

19世紀にヨーロッパ各国では大学教育を前提とする専門職を数多く設置するようになりました。弁護士、会計士、税理士、医師、技術士などがそれに該当します。

これらは社会の中でも国家資格が必要であり、政府によって品質が一定に管理される特殊な職業と言えます。
というのも、社会一般でそれらの職業は公共的な利益と密接に関係していたためです。

しかし、政府が管理する以上は職業的能力を判断するための客観的な基準が必要でした。
そこで専門職の側でも、専門教育を実施すること、職能団体(学会)を設置すること、倫理綱領を定めることによって、専門職の質を維持するための処置が行われました。

こうした専門職業の制度化を通じて専門職の間に共有された思想こそがプロフェッショナリズムという考え方であり、それは専門職としての技能と知識を尊重する規範となりました。

ハンチントンはこうしたプロフェッショナリズムの確立がドイツ軍の能力と密接に関係していることを指摘しています。


ハンチントンによれば、プロイセン軍は世界に先駆けて士官教育の改革に着手した軍隊で、1809年に最初の士官学校を設置しています。

それまでのヨーロッパの軍隊で士官になれるかどうかは職業上の能力ではなく、社会階級によって決定されていました。
貴族が士官の地位を独占しており、士官教育と言っても専門職としての知識が体系的に教育されることは、砲兵科と工兵科という例外を除けばほとんどなかったのです。

プロイセン軍の教育改革は非常に重要な意義を持つものであり、従来まで経験や勘に頼ってきた軍務の在り方を、より客観的に研究、教育することが必要となりました。

さらに軍隊の中で士官は将校団と呼ばれる独自の職能団体を形成し、それまでの貴族階級とは別の独自の社交関係を持つようになります。
こうした集団から士官に特有のプロ意識が生まれ、それが職業倫理規定としてまとめられることになります。
これが国家への忠誠と軍務への専念、そして政治的決定への不介入という軍事的プロフェッショナリズムの中核です。

ハンチントンはこうした将校団の軍事的プロフェッショナリズムこそが軍隊の精強さの礎であると論じています。

一つ興味深いのは、ここで述べられている軍事的プロフェッショナリズムは軍国主義と対立する信念体系であるということです。
軍事的プロフェッショナリズムの目標とは戦闘に勝利することであって、その方法は科学的観点から軍務を研究することにあります。その意見や態度の表明は専門家としての領分に限定されているのです。

これは軍隊、戦争、武器それ自体に価値を見出し、その価値観を社会に拡散させる軍国主義の思想と全く異質です。
というのも、軍国主義の意見や態度の表明は専門家の領分に限定されておらず、そもそも軍国主義者はその専門領域の境界がどこにあるかを理解していないからです。

こうした議論は兵役制度の議論とも密接に関係してくるものです。
軍隊を真に精強にするのは軍務に適した人材であって、軍務に適しない人材は部隊の重荷となります。軍事的プロフェッショナリズムは誰もが身に着けることができるものではありません。

軍事的専門教育を通じて専門家になりうる人材が軍隊、特に将校団に必要です。
志願制と徴兵制のどちらがより良い人材の確保に繋がるかという問題は、こうした観点からよく検討しなければなりません。

参考文献
Creveld, M. van. 1980. Fighting Power: German Military Performance, 1914-1945, Carlisle Barracks, PA: U.S. Army War College.
Huntington, S. P. 1957. The Soldier and the State: The Theory and Politics of Civil-Military Relations, Cambridge, MA: Harvard University Press.(市川良一訳『軍人と国家』原書房、2008年)

2014年8月4日月曜日

現実主義と自由主義では何が異なるのか


国際関係論には大きく分けてリアリズム(現実主義、realism)とリベラリズム(自由主義、liberalism)という二つの理論があると考えられています。いずれも国際関係における国家の行動を分析するための理論なのですが、その相違を理解するには、国家が何を目標として行動するのか、その「選好」に関する想定に相違があることを知らな変えればなりません。

一言で述べれば、リアリズムは「相対的利得(relative gain)」を重視する国家を想定しており、リベラリズムでは「絶対的利得(absolute gain)」を重視する国家が想定しているという違いがあります。

絶対的利得を追求する国家の事例として挙げられるのは19世紀から20世紀前半のヨーロッパ国際政治におけるイギリス、フランス、ロシア、オーストリア、ドイツ、日本などの国家です。
この時代は植民地を獲得するために各国は激しく競い合われ、戦争と外交を駆使して自国の影響力が優先的に行使される勢力圏を少しでも大きくすることが、その国家の経済的繁栄、引いては安全保障に繋がると広く考えられていました。

このような状況においてそれぞれの国家の国益は他の国家の国益と絶えず競合することになります。そのような利得の「相対性」によって互いに少しでも相手より優位に立つことが目指されていました。
しかし、国家は常に相手の利得が自己の利得と競合すると考えているわけではありません。
いわば共通の利益というものがありえると考える状況もあり、ヨーロッパの地域統合の動きはその一例と言えます。

かつてイギリス、フランス、ドイツなどの諸国は激しくその勢力を競い合いましたが、現在ではアメリカの影響の下で北大西洋条約機構の加盟国として防衛線を共有し、経済の統合を推し進めた結果、現在では欧州連合として域内の物流の自由化や貨幣の共通化を行っています。
これは国家の選好が変化したことを示すものであり、自らの利得の捉え方を変えて、相手との比較という観点ではなく、純粋に自国がどれほどの利得を獲得することができるのかという観点から考えるようになったことを示唆しています。

このようなリアリズムとリベラリズムの区別はグリエコ(1988)の研究によって打ち出されました。これはウォルツを中心とするネオリアリズムとコヘインなどを中心とするネオリベラリズムの間で展開されていた論争を理論的に整理し、両者が依拠する想定がどこで異なるのかを理解する上で大きな意義があったと言えます(論争の詳細についてはKeohane 1986で詳しく解説されています)。

その後、国際関係論では合理的選択理論に基づく研究が進んだことで、「いかに国家の選好が形成されるか」という方向へと問題関心が変化し、国際情勢によって国家の選好が変化する可能性と、国内情勢によって変化する可能性の両面から研究が進められています(Powell 1991; Baldwin 1993)。
現代ではリアリズムとリベラリズムの区分は以前ほどの重要性を失ったかもしれませんが、現在においても大学での教育だと国際関係論を学ぶ際の出発点として教えられることも少なくありません。

KT

参考文献
Grieco, J. M. 1988. ''Anarchy and the Limits of Cooperation: A Realist Critique of the Newest Liberal Institutionalism,'' International Organization, 42(3): 485-507.
Keohane, R. O., ed. 1986. Neorealism and Its Critics, New York: Columbia University Press.
Baldwin, D. A. 1993. Neorealism and Neoliberalism: The Contemporary Debate, New York: Columbia University Press.
Powell, R. 1991. ''Absolute and Relative Gains in International Relations Theory,'' American Political Science Review, 85(4): 1303-1320.

2014年8月1日金曜日

戦力比から見える戦術の法則


士官候補生が学校で学ぶ戦術は、いわば受験用の初等戦術とも言えるものです。
一定の制約の中で与えられた状況や任務に応じて、その部隊の戦技を一定の要領に当てはめることによって、作戦を指導する技術を養うための戦術と言えます。

しかし、こうした技術的側面だけでなく、戦術にも科学的側面があるということを今回は紹介したいと思います。

そのための着眼点として紹介したいのが戦力比(Force Ratio)という視点です。

戦力比は戦闘における彼我の部隊の相対的な規模を比率として表したものです。攻撃者の部隊規模/防御者の部隊規模で表すことが一般的ですが、単純に味方/敵の部隊規模で表す場合もあります。

例えば5000名の攻撃部隊が1000名の防御部隊と戦闘になった場合の戦力比は5:1と計算できます。これが戦術を科学的に研究する上で出発点となる資料となります。
というのも、戦力比の情報があれば、戦闘の結果を説明したり、確率的に予測することに利用できるためです。

従来の研究によれば、戦力比が戦闘の勝敗と密接な関係がある要因であることが知られています。
冷戦期の米陸軍の研究なので、少し古い分析になるのですが、1600年から現代の1988年までに発生した戦闘から、571の標本を抽出して計量分析したところ、次のような分析結果が得られました。


この分析結果の見方としては、一番左端の数値は攻撃者/防御者の戦力比を表したものです。
次の標本数は分析した571の戦闘のサンプルの数のことです。そして攻撃の成功率というのは、この戦闘で攻撃者が勝利したか敗北したかという確率のことです。

ちなみに、勝敗に関してはこの研究では損害交換比という基準を使って判断しています。要するに攻撃者が防御者により多くの損害を与えたかどうかで区別していると考えて下さい。

(4.4から3.5の比率で優勢であるにもかかわらず攻撃の成功率が低い標本群がありますが、これは他の標本群に比べて標本数が少ないことによるものと思われます)

総合的に分析結果を見れば、攻撃者の戦力が優勢であるほど攻撃の成功率は高くなる傾向が読み取れると思います。

攻撃者の戦力比がやや劣勢な場合であっても、攻撃が52%の確率で成功していることを意外と思われる読者もいらっしゃるかもしれませんが、これは勝敗の判断が損害の度合いに依存して決定することと関係しています。

通説では攻撃者は防御者の三倍の勢力が必要とされていますが、0.75:1から1.24:1の戦力比でも攻撃の成功率は59%であり、実際にこの程度の戦力比で攻撃を実施する場合が多い点も指摘できます。

この分析結果で私が興味深いと思ったのは、攻撃部隊の規模と攻撃の成功率の間に収穫逓減の関係が見られる点です。

攻撃部隊の規模が防御者の部隊の規模よりも大きくなるほど攻撃の成功率が向上することは直感的に理解できるものですが、見てみると、攻撃の成功率の増加率は戦力比の増加率に比べて緩やかになっています。

戦力比15:1から4.5:1の戦闘を見てみると、攻撃の成功率は78%とありますが、三倍以上の勢力を投入しているにもかかわらず、攻撃が確実に成功するというわけではなく、防御者によって撃退される可能性が残っているということを意味します。

つまり、攻撃部隊が多くの兵士を集めれば集めるほど攻撃が成功しやすくなる因果関係は確かなのですが、一定以上になると攻撃部隊を増員しても攻撃の成功率の増加率にそれほど寄与しなくなるのです。

なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。
先行研究ではこの問題についてはっきりとした判断は述べていません。
私の考えを参考までに述べると、戦闘正面に対する部隊の密度が過剰になると、効率的な部隊の運動に支障が出るためだという仮説が考えられます。

あまり知られていませんが、リデル・ハートは作戦地域に対する部隊密度の問題の重要性を指摘した数少ない研究者です。
リデル・ハートは戦術における収穫逓減の法則については論じていませんが、一定の面積に対して一定規模の部隊が必要であるという議論を立てていました。こうした観点から戦力比と戦闘結果の関係に関する議論をさらに深めることができます。

最後になりましたが、こうした戦術学の研究は非常に重要であることを強調したいと思います。
安全保障学の研究者は一般に戦略の問題に注目し、戦術や兵站といった領域を無視する傾向がありますが、それは間違ったことです。

戦術上の研究は健全な国家安全保障戦略を基礎づける意義があり、例えば防衛計画の立案で所要戦力を見積る場合の重要な根拠となります。
安全保障学の研究において戦術の視座を持つことは、戦略に関する研究を深めることにも貢献すると私は考えています。

KT

関連記事
三対一の法則について
クラウゼヴィッツの防勢優位仮説について

参考文献
Dupuy, T. N., et al. 1988. The Land Warfare Data Base, Fairfax, VA: Data Memory System Inc.
McQuire, R. 1988. Historical Data on Combat for Wargame, Bethesda, MD: U.S. Army Concept Analysis Agency.
Liddell Hart, B. 1960. ''The Ratio of Troops to Space,'' Military Review, 40(1): 3-11.