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2014年2月28日金曜日

戦略家は戦略正面を知る


今回は戦略学の最も初歩で学ぶ概念のひとつ戦略正面について説明します。

戦略学は一般に戦域における部隊の運用に関する法則を解明するための研究を言います。

ある政策上の目標を達成するため、戦域上の諸地点に野戦軍、戦闘艦隊、航空団という戦略単位を配置、移動、交戦させる技術だと考えることができます。

戦略家の基本的な情勢判断の流れは次のようなものです。

1.戦略要点の判断
まず地域研究として戦域において自国、想定敵国、中立諸国が領有する戦略要点(Strategic Point)を判断します。
戦略要点の基準については諸説あるのですが、その重要性については人的資源や石油資源、工業資材の分布などから総合的に判断します。

2.戦略要点の判断
これら戦略要点(Strategic Line)を接続する幹線道路、鉄道、航路、空路が戦略要線を構成します。
この際に戦略要線の障害となる地形地物などを判断しておきます。

ちなみに、戦略要線は決して戦術上の機動軸と混合してはいけません。
戦略要線を逸脱して戦術単位が作戦行動を行うことは通常のことだからです。あくまでも、ここでは地域単位の研究を行っているということに注意が必要です。

3.戦略陣地、戦略正面の判断
戦域の中で戦略要線で接続された戦略要点でも特に想定する敵国の戦略要点と隣接、近接する重要な戦略要点は特に戦略陣地(Strategic Position)と言います。
それら戦略陣地が集まった一定の幅のある地域を戦略正面(Strategic Front)と言います。戦略正面はいわばその国家の安全保障に直接影響を及ぼす地域であり、軍隊が展開させる予定戦場ということになります。

以上が戦略情勢の判断に関する基本的な手順です。
この戦略判断の適否が戦略正面の選択の適否に大きく依存していることが分かります。
戦略要点や戦略要線は純粋に地理的要因にかかっていますが、戦略正面の判断は政治的要因にかかってくるためです。

次に歴史的事例で説明したいと思います。

これはノルマンディー上陸作戦が開始された1944年6月6日から8日の北フランスの戦略情勢を判断するために作成された地図です。連合国側の勢力が記入されていないので、ドイツの勢力しか地図には記入されていませんが、当時ノルマンディー地方への攻撃に対してドイツ軍が急遽、その戦略正面を大幅に転換している様子が分かります。


特に注目して頂きたいのはフランスの最西端に配置されていた師団4個と南フランス方面からも1個の師団が抽出されている点です。

これは長大な戦略正面に対応するだけの防衛部隊(地図上では後方に2個の機甲師団が配置されていますが)をドイツ軍が十分に確保できていないことを意味しています。

本題からやや脱線してしまいますが、連合国はドイツに対するさまざまな情報作戦によって上陸予定地点を攪乱し、非常に長大な戦略正面に部隊を配置させ、イギリス海峡に面する戦略正面の勢力を最小限にさせていたことを指摘しておきます。

以上から戦略正面の適切な選択が戦略の成否を規定する基本的な要因であるということがお分かり頂けたのではないでしょうか。

最後に日本の事例に言及すると、ロシア、朝鮮、中国に対して極めて長大かつ縦深が乏しいのが日本の地政学的な特徴であり、戦略を考える上での制約条件となります。
自衛隊が推進する統合機動防衛力の構想が目指しているのは、こうした日本の地域特性に対する一つの答えかもしれません。

しかし、あらゆる戦略正面に備えることは戦略として決して適切ではありません。戦略正面が特定の地域に限定されなければ、勢力の集中は実現が困難になってしまうためです。

このようにして、戦略の研究は国際政治の研究に帰着することになります。

KT

2014年2月26日水曜日

国際関係を動かす外交術の力


国際関係論、国際政治学と呼ばれている研究の大部分は外交に関係しています。
外交は国際関係の最も基本的な要素であり、国家の代理人として派遣されている外交官の仕事です。

外交史において現代のような外交の仕組みを最初に導入したのはフランスと言われています。
16世紀後半から17世紀前半にかけてフランスの対外政策を指導したリシュリュー枢機卿は、ヨーロッパ各地に使節を派遣し、共同作戦の打診や情報収集に従事させることが非常に役立つことを知りました。彼の著作『政治的遺言』には次のような記述があります。

「凡人の頭では生まれ故郷の国境の外側まで思考が広がらない。しかし、もう少し知性に恵まれている人間は遠隔の地にも防衛を施せるようにあらゆる手段を尽くす」リシュリュー

リシュリューの外交術は現代の常識から見れば当然の処置ですが、当時はまだ外交の重要性が広く認識される前の時代のこともあったのです。しかし、こうした外交術の原型が確立された後も、優れた手腕を持つ外交官を安定的に養成することは非常に難しいという問題に直面しました。
外交という仕事を深く理解するための手引きとして、またプロフェッショナルとして外交官の職業を認知させるために、外交理論の研究が進められるようになります。

17世紀後半に活躍したフランソワ・ド・カリエールは次のような言葉を残して外交の重要性を説明しています。

「ヨーロッパ諸国に配置された選り抜きの少数の交渉官は彼らを派遣する君主ないし政府に対して大いに役立つことができる。彼らはしばしば軍隊を維持するにも劣らない効果をわずかな費用で挙げる。なぜなら、彼らは任地の軍隊を主君の利益になるように行動させる技術を心得ているからであり、近くや遠くの同盟国がちょうどうまい時期に牽制のための作戦行動をしてくれるほど有益なことはないのである」カリエール

ここでカリエールは優れた外交術によって軍事的優位を確保することができることを説明しています。これは国際関係において誰が敵、味方、中立なのかを前提としている古典的な軍事戦略からは決して導き出せない議論です。
外交はあらゆる国家の利害関係を把握しながら敵と味方、中立という構図を作り出し、国際関係において自国が決して不利な関係に陥らないように処置する活動なのです。

したがって、外交を理解するためには敵や味方という概念は適当ではありません。
「国家には永遠の敵も永遠の味方もいない」というのが外交術の基本原理となっているのです。

KT

2014年2月24日月曜日

ロシアの地政学から見た東ヨーロッパ、そしてウクライナ

ウクライナ情勢で大きな動きがありました。
BBC(http://www.bbc.co.uk/news/world-europe-26317912
特に重要な状況について述べておくと、
・大統領ヤヌコーヴィッチがキエフより脱出し、現在の正確な所在は不明
・釈放された元首相ティモシェンコが大統領選に出馬を表明
・ウクライナ議会が大統領の行政権を議長トゥルチノフに代行させる決議を採択

ウクライナ国内情勢についてはすでに前の投稿でも扱ったことがありますので、今回は東ヨーロッパ情勢におけるウクライナの位置づけ、特に地政学的な影響に重点を置いて整理しておきたいと思います。

ここで引用している地図はJ. M. CollinsによるMilitary Geography for Professionals and Publicからの引用です。
この地図で強調されているのはロシアの安全保障にとって東ヨーロッパ諸国は特にドイツに対する緩衝地域としての価値があるという点です。第二次世界大戦が勃発して以降、ソビエト連邦として併合された従属国(点線)と共産党政権を擁立してワルシャワ条約機構の構成国にした国家(斜線)が識別されています。

この地図から東ヨーロッパの地政学的な勢力図の概略を読み取ることができます。
つまり、ロシアは防衛正面が最も狭くなる地帯、つまり正面に対する戦力の密度が最も高くなる地帯にソビエト連邦の国境線を置いているということです。

従属国としてソビエト連邦に併合したのはバルト三国、ベラルーシ、ウクライナ、モルドバまでですが、独立させながらソ連を盟主とするワルシャワ条約機構の構成国の地位に置いた国家にはポーランド、東ドイツ、チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアがあります。

この二つの国家群の境界線はバルト海に面する戦略要点カリーニングラードから黒海に面するオデッサに至るおよそ1000キロであり、これはドイツからロシアに至る東ヨーロッパ地域で最も狭隘な地帯を構成しています。
またこの戦略上の防衛線からモスクワまでの距離は最短でもおよそ800キロで、これはロシア国境からモスクワまでの最短距離が約400キロのことを考えれば、倍以上の縦深を確保することができる計算になります。
(ちなみに当時のソ連軍の編成、装備、運用から連隊1個で防御可能な正面幅は最大10キロ程度と考えられています)

さらに加えて、以前の記事でも指摘したように、ウクライナのセバストポリはロシア海軍黒海艦隊の根拠地であり、ウクライナとの外交関係が悪化すれば直ちにロシアの海洋戦略に影響が出ることになります。

今回の政変でウクライナがEU加盟を推進する動きを再び見せていますが、この政変でロシアがそのままウクライナを諦めることは考えられません。
現在のところ私がまだ分かっていないのは、現時点で一体誰がウクライナ軍を掌握しているかというところです。現有勢力12万名(地上軍6万名)のこのアクターの動き方次第でウクライナ情勢はまだ大きく変化する危険があります。
ヤヌコーヴィッチが東ウクライナで態勢を立て直してキエフに帰還する可能性がなくなったわけではありませんし、東ウクライナの分離独立を進める戦略も考えられます。東ウクライナはヤヌコーヴィッチの支持基盤でもあり、セバストポリに駐留するロシア海軍の動きも不透明です。

ウクライナ情勢がどのように推移するにしても、ウクライナは東ヨーロッパ地域におけるロシアの安全保障そのものであり、ウクライナのEU加盟はヨーロッパ全体の勢力均衡を大きく損なう結果になるでしょう。

KT

2014年2月23日日曜日

なぜ諸兵科連合は戦術的に有効なのか


すでに軍事学について一定のご見識があれば、こう思われても無理はありません。
「諸兵科連合なのは有効なのは当たり前じゃないか!」

確かに諸兵科連合は現代の陸上作戦で自明の原則とされています。
しかし、経験的に既知の事柄を理論的に説明することもまた学問であります。どうかご容赦下さい。

そもそもの諸兵科連合の定義から見てみましょう。
米陸軍の野戦教範FM3-0によれば、諸兵科連合とは次のように定義されています。
「諸兵科連合とは歩兵、機甲、砲兵、工兵、防空、航空のような複数の兵科が各々で敵に対して分散的または連続的に用いられる場合よりも大きな効果を敵に及ぼすことを目的とした同調的または同時的な活用である。」
諸兵科連合は攻勢作戦と防勢作戦に共通する最も基礎的な戦術概念の一つです。

この概念が革新から常識に至る歴史を簡単に要約すると、陸軍の戦闘兵科として歩兵、騎兵、砲兵という区別が普及するのは、三十年戦争を通じて野戦砲の軽量化が標準的になる17世紀以降と考えられています。
したがって、諸兵科連合の前提条件である「戦闘兵科の分化」そのものは、かなり歴史があると言えます。

しかし、現代の意味での諸兵科連合が成立した時期は一説によれば第一次世界大戦が勃発した1914年であるとされています。

その理由として19世紀中ごろに技術革新により火力の著しい向上があったことが指摘できます。
この時期の技術革新を網羅することはできませんが、小銃射撃で生じる硝煙の問題に決着をつけたことをここでは触れておきます。

それまでの研究では発砲の際に生じる硝煙が射手の視界を妨げてしまうことが、戦場における有効射を難しいものにしていました。この時期の燃焼作用の研究成果により火器に用いる火薬が改良され、射手の視界を確保することができるようになりました。
この技術は第一次世界大戦における火力戦闘の様相を一変させることになったのです。

というのも、それまで戦場を覆い隠してきた硝煙が消失したことで、戦場における火力戦闘はこれまでになく容易なものになったためです。

防御陣地に対して正面攻撃を実施する場合、わずか数名の敵の機関銃手によって1個歩兵中隊が撃退される事態が生じる事態になりました。その難しさが戦死者の数として現れたのが第一次世界大戦の特徴でもあり、この戦争では従来にない単位の死傷者を出すことになりましたが、それは19世紀の技術に戦術が追いつけなかったことによるものでした。

諸兵科連合はこうした背景の中で考案され、研究されてきた戦術概念でした。

この戦争で敵の機関銃手や小銃手を制圧する砲兵の火力と、敵を突破、浸透する歩兵のと連携が有効な戦術であることが証明され、部隊の人員、装備、武器、訓練、教義などあらゆる側面から見直しが行われたのです。

諸兵科連合という概念は戦間期における戦車の研究開発を受けて、第二次世界大戦においてさらに新しい応用方法が見いだされることになります。

電撃戦として知られるドイツ陸軍の戦闘教義はこの諸兵科連合の原理を第一次世界大戦のような消耗戦の局面ではなく機動戦の局面で適用したという意味で一つの画期でありました。

まとめますと、現代の作戦行動の基礎となっている原理は数多くありますが、その中でも諸兵科連合という戦術概念はまさに近代戦争における軍事行動を支配してきた重要な原理と言えます。

将来戦争の展望を持って研究する者であれば、諸兵科連合という原理がどのように将来の武器、装備、運用に適用できるかを考えなければならないでしょう。

もし独自に研究する場合の参考文献
Jonathan M. House, Combined Arms. Warfare in the Twentieth Century. Lawrence, KS: University Press of Kansas, 2001.
Jonathan, M. House, Toward Combined Arms Warfare: A Survey of 20th Century Tactics, Doctrine, and Organization, Fort Leavenworth, KS: U.S. Army
Command and General Staff College, 1984. (http://usacac.army.mil/cac2/cgsc/carl/download/csipubs/house.pdf)
Gerhard L. Weinberg, A World At Arms. A Global History of World War II (1st ed. 1995). Cambridge: Cambridge University Press, 2005.

KT

2014年2月22日土曜日

包囲する者は、包囲される


今回の投稿では陸上での攻勢作戦において最も有効な戦術の一つ、包囲を取り上げたいと思います。

まず出発点となる定義から述べると、包囲とは一般に「攻撃部隊が現在陣地にいる敵を撃滅するためにその背後を攻撃目標とすることによって敵主力の防御を避けようとする機動の方式」のことを言います。(FM3-90: 3-29)

また包囲はその機動方式から一翼包囲(Single Envelopment)と両翼包囲(Double Envelopment)に大別されます。
空中機動が可能な部隊による包囲については垂直的包囲(Vertical Envelopment)として従来の包囲と区別します。

これは予備知識になりますが、戦術学で部隊の機動方式には少なくとも五つの類型があります。

今回取り上げた包囲以外に、迂回、浸透、突破そして正面攻撃の五つです。
包囲は攻勢作戦の機動方式として最も代表的なものであり、これまでさまざまな戦史の事例で有効性が実証されてきました。

包囲のメカニズムを理解するためには、戦闘部隊は通常は作戦地域の正面に戦闘力を集中的に発揮するように運用されることを理解しなければなりません。

防御戦闘において部隊の小銃手、機関銃手などが発揮できる戦闘力を最大限にするためには、敵が前進してくる経路を予想して、目標を効果的に射撃できる地点に築城をほどこさなければなりません。

具体的に言えば、地形を偵察し、各区域に分隊員に配置し、塹壕と連絡壕を掘り、偽装をほどこし、地雷原や蛇腹で通路を封鎖し、有線通信を構成し、銃座の位置を決定し、戦闘時の要領を徹底させるなどの作業を行わなければなりません。

したがって、一度配置についた戦闘部隊を頻繁に陣地転換させることは、こうして準備してきた優位を放棄することを意味します。
それゆえ、包囲は特に側面を暴露した敵に対して、極めて有効な戦術として考えられてきました。

あらゆる攻勢作戦において機動は必須の要素ですが、これは包囲において特に当てはまります。
なぜなら、包囲は常に防御者の逆襲によって逆包囲される危険を孕んでおり、敵が最初の混乱を脱して態勢を立て直すまでの時間で成否が決するためです。

防御者は通常、攻撃者の包囲に迅速に対処するために、後方に一定の規模の予備を拘置します。
この予備によって包囲を仕掛ける攻撃が失敗すれば、包囲を行うために敵の側面や背後に回り込んだ部隊は敵地で孤立してしまうことになります。

以上で包囲の基本的な性格について説明できたと思いますので、包囲の一例を図上戦術で図示します。

今回の投稿の冒頭にある図は米陸軍の教範にある図上戦術上の包囲です。これは赤軍(敵)の陣地防御に対して青軍(我)が両翼包囲を行っていることを示しています。

図示で用いられている部隊符号を簡単に解説しておきます。

青軍は正面攻撃を行うことで敵の動きを拘束する機械化歩兵部隊があり、その左後方に作戦地域の正面、左翼どちらにも展開できる予備として機械化歩兵部隊1個が拘置されています。

青軍の左翼から敵を包囲するための歩兵部隊1個と戦車部隊2個が回り込んでおり、また包囲を行う攻撃部隊そのものの側面が無防備にならないために偵察隊が展開していることが分かります。

それに加えて青軍の右翼からは空中機動による包囲が行われており、敵の背後で左翼から包囲を試みる部隊と合流することが分かります。こちらに用いられている部隊は回転翼機の航空部隊とヘリボーンが可能な歩兵部隊です。

赤軍は正面に機械化歩兵部隊、左右両翼に歩兵部隊、背後に砲兵隊を含む機械化歩兵、赤軍左翼後方には予備に戦車部隊2個が配置されています。

この図上の状況において青軍の包囲の成否は赤軍の予備がどのように動くかで変わってくるでしょう。
また青軍の右翼の包囲動作を妨害するために赤軍の背後の予備は正面の機械化歩兵部隊が孤立しないように直ちに戦闘加入すると考えられますが、青軍の正面攻撃が一度成功してしまえば赤軍は退却を余儀なくされます。

関連項目
陣地防御について
機動防御について
後退行動について

KT

2014年2月20日木曜日

政治指導者と軍事的リーダーシップ


今回は政治指導者の軍隊への統帥に伴う問題について紹介したいと思います。

かつてのフリードリヒ2世やナポレオンの時代おいては政治的リーダーシップと軍事的リーダーシップは一体不可分でした。国家の指導者は政府と軍隊の長を兼ねていました。

しかし、現代の政治家の状況は大きく異なっています。彼らは軍務ではなく党務や選挙といった政治的領域でのリーダーシップを発揮することが求められているためです。
したがって、軍務の経験がない政治家が大統領や首相に就任するため、軍隊を統率する際には大変な困難に直面することになります。

この問題に最初に体系的な分析を行ったのがサミュエル・ハンチントンでした。

ハンチントンはその国家で軍事力を最大限に活用できるかどうかは、その国家で支配的なイデオロギーが反軍的などうかによって変わると論じました。

その理由は、その政治指導者はその社会で支配的なイデオロギーを政策に反映させようとするためです。
もしその軍の指揮権を握る政治指導者が反軍的姿勢を示すならば、軍人は業務の遂行に著しい困難が生じます。
そのことが結果として、専門職的能力、戦闘技術を低下させるだけでなく、上官である政治家の反軍的イデオロギーにとって忠実な政治将校へと変貌せざるをえなくさせます。
「(反軍的イデオロギーの社会においても)将軍や提督は権力を獲得できるかもしれないが、職業軍人倫理はそうはいかない。政治権力が持っている抑制の効果は彼らを良き自由主義者、良きファシスト、良き共産主義者にするが、専門職業人としては無能にしてしまう。(軍隊において)専門的職業遂行上の満足とその専門的職業上の規則を固守することが、権力、地位、財産、名声の満足と非軍人的集団の称賛により置き換えられるのである」
ハンチントンの懸念は、軍事上の意思決定に政治イデオロギーを反映させるやり方で、自由主義者や社会主義者が軍事的リーダーシップを弱体化させることにありました。

現代において陸海空軍を適切に指揮監督するためには国家安全保障政策に関する助言や提言を踏まえて決定を下し、必要な命令を発しなければなりません。
ここで求められるのは指揮官として情勢を洞察する判断力であり、政治的活動で求められる能力とは本質的に異なるものです。

(興味深い論点なのですが、保守主義者の政治指導者は擁護されています。保守主義に反軍的要素がないというのが彼の説明ですが、この点は議論の余地があるでしょう)

国家を防衛する指導者の政治的姿勢が、有事における軍隊の働きに影響を及ぼすことを示唆する議論として、現代の安全保障にとっても興味深いものです。

かつてナポレオンは「悪い連隊など存在せず、あるのは悪い連隊長だけだ」と言い残しましたことがあります。
だとすれば、国家の安全保障の責任者を我々はどのように選ぶべきなのでしょうか。

KT

参考文献
Huntington, S. P. 1957. The Soldier and the State: The Theory and Politics of Civil-Military Relations, Cambridge, MA: Harvard University Press.(市川良一訳『軍人と国家』原書房、2008年)

2014年2月18日火曜日

作戦指導の成否を分ける隘路


戦術や戦略でよく用いられる軍事用語の一つに隘路というものがあります。隘路とは急峻な山脈や河川のような障害地帯で部隊の運動が困難な経路のことを言います。

こうした隘路の戦術的な特徴は攻めにくく守りやすい地形であります。今回はナポレオンが戦略的な観点から隘路をどのように見ていてたかという議論を紹介したいと思います。
「ある地方を進攻する軍はその側面を中立国の領土、河川、山脈のような広域の障害地帯で掩護するものである。さもなければ、その軍は片方の側面、もしくはどちらの側面も掩護していないことになる。 
第一の状況なら将官は正面で前線が撃破されないように注意するだけでよい。第二の状況なら掩護された側面を頼りにする必要がある。第三の状況なら主力とは別に若干の軍団を拘置し、それが部隊の中心から離れることを決して許してはならない。二つの側面が無防備であるということは一つの不利であり、その四つの側面が空白であれば不都合は二倍に、六つの側面が無防備であれば不都合は三倍になる。 
第一の状況ならある程度は左右両方の側面に作戦線を依託することができる。第二の状況なら作戦線は掩護された側面に依託したほうがよい。第三の状況なら行軍する軍が展開する戦線の中央に対して作戦線を垂直にするべきである。 
ただし、ここで述べたいずれの状況においても、五日か六日の行軍で到達できる地点に要塞や塹壕陣地を配置し、そこに食糧や軍需物資の倉庫を設営し、輸送部隊を組織することが求められる。そうした拠点は部隊行動の根拠地、補給処として機能し、引いては作戦線を短縮させることに寄与する」 ナポレオン・ボナパルト
山がちな地形では部隊を隘路の前に置くか、後ろに置くかで戦闘での優劣が大きくことなります。ナポレオンはこうした隘路が作戦線を掩護する性質を利用し、できる限り背後に置いて作戦を実行するべきであると主張しているわけです。ただし、隘路を後方にする場合には部隊と基地の間の距離が長くなりがちなので、補給について注意を促しているのです。

日本の国土はその大部分が山脈地帯であり、隘路の数が極めて多いという地理的な特性は意外なことに、あまり知られていません。

これは武力行使や自然災害で隘路に通じる幹線道路が破壊、封鎖された場合、作戦地域への別の接近経路を探すことが難しく、師団や旅団の行進が非常に制限されることを意味しています。
実際、東日本大震災でも作戦地域に部隊を前進させるための経路選択が大きな問題となりました。

そのことで、大規模災害対処における海上、航空戦力の価値が見直されたことは記憶に新しいことです。

安全保障学というものは単純に軍事力を強化するだけという議論に留まるものではありません。国土の地理的な特性を国土開発や交通政策との関連からも研究する必要がある側面も持っています。

KT

2014年2月16日日曜日

クラウゼヴィッツの防勢優位仮説はどれだけ正しいのか


現在の日本の防衛力整備は専守防衛という防勢的な戦略に基づいています。

したがって、日本は防勢の長短というものを安全保障学の観点からよく研究する必要があります。
軍事的観点から見た場合、攻勢と防勢という方針の決定的な違いは戦闘結果です。

防勢は攻勢よりも少ない損害で大きな戦果を可能にすると一般に考えられています。これを専門用語で防勢優位仮説と言い、国際関係論の理論である防御的現実主義を基礎づける命題です。

このような防御的現実主義の仮説を最初に提唱した理論家はクラウゼヴィッツであり、クラウゼヴィッツは防御が攻撃に対して有利であることを次のように書き残しています。
「防御の目的とは何か。それは保持することにある。保持することは獲得することよりも容易である。そこで彼我の双方が用いる手段が同じであれば、防御は攻撃よりも容易である。 
しかし、保持あるいは維持が獲得より容易なのはいかなる理由によるのか。それは攻撃者が利用せずに過ごす時間は全て防御者に有利なためによる。防御者は、いわば種を播かずに収穫するのである。攻撃者の誤った見解、恐怖の感情、怠慢などに起因する攻撃の中止は全て防御者の利益となるのである。 
この有利は七年戦争においてプロイセンの国家を一度ならず没落から救った。防御の概念と目的から生じるこうした利点は防御の本質にあり、その他の生活、特に戦争に類似する法律関係においては「所有するものは幸いである」というラテン語の格言によく表現されている。 
なお、戦争の本性に由来するもう一つの有利は地形による支援であり、こうした支援は特に防御に与えられるところのものである」クラウゼヴィッツ
この主張をさらに検討するために、ここでは第二次世界大戦におけるアメリカ陸軍の作戦を研究した資料を参照してみたいと思います。

ダニガンは大隊規模の作戦行動を攻勢作戦と防勢作戦に大別した上で統計的に資料を整理し、攻勢作戦をさらに遭遇戦、陣地への攻撃、要塞への攻撃、追撃、戦闘のない状態に分類して攻撃側の損害と防御側の損害の比率を調べています。(図表が判読しずらく申し訳ありません)

作戦   攻撃者 防御者 比率  
遭遇戦 7.5% 4.9% 1.5  
陣地攻撃・初日 11.5% 6.1% 1.9  
陣地攻撃・2日以後 6.1% 3.5% 1.7  
要塞攻撃・初日 18.7% 9.8% 1.9  
要塞攻撃・2日以後 9.8% 5.2% 1.9  
追撃・伏撃 4.3% 3.2% 1.3  
戦闘のない状態 2.6% 2.6% 1.0
(出典Dunnigan 1983: 495)

これを見ると攻撃者の損失(戦死者、負傷者)が陣地攻撃(初日)、要塞攻撃の場合は防御者の二倍近くとなっています。

つまり、これは防御者1名を排除するために攻撃者2名が戦死、負傷することを意味しています。興味深いのは一般に極めて有利な攻撃方式であると論じられる追撃や伏撃の場合ですら、攻撃者のほうが防御者よりも僅かながらより大きな損失を強いられている点です。

このデータは防勢が攻勢に対して有利な戦闘形式であると主張したクラウゼヴィッツの主張を支持しています。

ここまで議論を進めると、攻勢にほとんど利益がないようにも聞こえるかもしれません。

しかしながら、ここで重要なことは防勢という作戦行動が可能にする戦闘結果を通じて防勢を研究することであり、あらゆる状況において防勢を行うべきと主張しているわけではありません。

クラウゼヴィッツは戦場には二つの行動原理があると論じています。一つは敵の撃滅であり、もう一つは我の保存です。この二つの異なる原理を巧みに組み合わせてこそ、優れた作戦指導が可能となるというのが戦略学の常套句ですが、それが最も難しいことでもあります。

KT

戦術学における防勢作戦について
地域防御
機動防御
後退行動

引用文献
ダニガン、岡芳輝訳『新・戦争のテクノロジー』河出書房新社

2014年2月14日金曜日

図上演習のすすめ


1963年、かなり昔の話ですが自衛隊の内部で極秘裏に朝鮮有事を想定した兵棋演習が行われていたことが国会で暴露されて事件になったことがありました。いわゆる三矢研究事件です。

争点化されたのは有事における日本の法制上の問題について研究していた点にありました。
その研究では有事法制、特に人的、物的資源の動員や軍法会議の設置に関する幅広い論点整理が行われたものでした。国会での議事録や過去の新聞報道でその詳しい内容を知ることができます。

今回取り上げたいのは、そもそも図上研究がどのようなものなのかということです。アメリカの統合幕僚本部が出している教範では、図上研究を幕僚作業が担当する意思決定過程の一部として位置付けており、作戦方針を策定するに当たって図上研究により個々の作戦案の長短を評価するように指示しています。
したがって、図上研究というものは幕僚業務の中に含まれる標準作業手続きであり、その研究目的や研究方法は場合により異なりますが、少なくとも師団以上の司令部には必ずこうした図上演習に必要な器材が備え付けられています。
また小部隊においても図上研究をしないわけではないのですが、これについてはまた別の機会に紹介します。

図上研究の基本的な要領は決まりきったもので、研究する主題によっても異なります。しかし一般に「地図上に問題となっている状況を表現する」という特徴はあらゆる図上研究に共通するものです。
地図上にはトークンのような部隊符号が記載されたプレートが配置されており、彼我の態勢がどの地点におおむね存在するかが概観できるようにします。この投稿で添付している米陸軍の写真のように、現状における部隊の配置状況を全て整理することで、緊要地形とそれに対する接近経路に対する彼我の部隊の戦闘陣形の適否を評価することができます。

もし師団の戦術を研究するなら2万5000分の1の地形図を用いる場合が多いと思いますが、国家安全保障政策の全般に関する研究であれば地勢図、もしくは複数の地図を用いる場合もあります。これは演習計画の目的や統裁の態勢、演習員の技量などによって異なるでしょう。
また非常に詳細な状況を付与してマルチレベルシミュレーションのように師団レベルから中隊レベルまでの意思決定の問題を研究することもできますし、戦果の判定などの統裁をマニュアルでやることもあれば、コンピュータで処理する場合もあります。

図上研究にはほとんど無限の実施方法があるのですが、最も重要なことは地図上で研究主題について演習員たちが共通認識を持って問題を検討できることです。これは意思決定の訓練としても、また純粋な研究としても強力なツールです。
残念ながら私は技量不足で大規模な図上演習を統裁できるだけの知識も技術もないのですが、いずれこうした手法を国際関係論や安全保障学でもっと普及させることができればいいと思って勉強しております。

KT

2014年2月8日土曜日

演習問題 状況判断の適否は何で決まるのか


あらゆる戦術の基礎には必ず、その決心に至る状況判断という基礎があります

戦術学の用語としての状況判断の意味は、与えられた任務に基づいて、敵情や地形などの諸状況を総合的考慮し、任務を達成する方法を定めることです。状況判断は作戦方針の決心そのものではなく、どちらかと言えば意思決定に至る思考過程を言うもので使われることが多いと思います。(陸自では状況判断という言葉を使うのですが、海自、空自では少し違う用語かもしれません。研究不足で申し訳ないです)

今回の問題も陸大の講義録を参考にしたものにしました。軍単位の作戦を基本に、師団としての状況判断を研究するものです。

想定の概要
・本日0時より青軍はX川を挟んで赤軍と既に戦闘を開始している。
・現在の両軍の勢力は同程度であり、ともに相手の右翼に攻撃目標を定めて数度の渡河攻撃を実施しているが、双方の抵抗によりどちらも成功していない。
・事前に得ている情報によれば、赤軍の増援として1個師団相当の部隊がX川に向けて行進中であり、早くても12時間後には作戦地域に到達する。
・青軍の増援として派遣された我が第1師団は青軍の作戦地域に12時間で到達できる地点に進出している。
・青軍司令部からの第1師団は次の要旨の命令を既に受領している。「第1師団は速やかに青軍の作戦地域に進出して戦闘に加入せよ」
・現在、我が師団が独自に入手した情報によれば、赤軍の増援1個師団は赤軍に直接合流せず、青軍の最左翼から5キロ程度離れた地点を渡河して、青軍を側面攻撃できる地点に前進している模様である。その地点に到達する予想時刻14時間後である。
(いずれの部隊にも相応の渡河資材を有するものとする)

問題
第1師団は次のいずれの決心を採用するべきか。
1.第1師団は速やかに主力に青軍の主力に合流する。
2.第1師団は赤軍の最左翼から5キロ離れた地点を渡河し、赤軍の増援が攻撃を開始するより先に赤軍の左翼を側面攻撃する。
3.第1師団は青軍の最左翼から5キロ離れた地点に前進して赤軍の増援のX川渡河を阻止する。

(2014年2月9日追記)

答案
1.正解。状況判断で第一に考えなければならないのは任務です。軍司令部からの作戦命令には「第1師団は速やかに青軍の作戦地域に進出して戦闘加入せよ」とあり、青軍司令官は第1師団の戦力を可能な限り早く主力、つまり防御中の左翼、もしくは攻撃中の右翼に配置したいと考えられます。青軍司令部として命令を出している以上、第1師団を速やかに戦闘に加入させるため既に他の隷下部隊にも命令を発して調整していると考えられます。増援については同部隊が15時間で側面攻撃を開始する前に、第1師団が12時間で青軍と合流できれば、最左翼の部隊に警報を発し、部隊を下げて鉤型陣形を形成し、増援を派遣することで側面攻撃に備えることは十分に可能です。

2.この問題の想定では作戦案で示されている赤軍の最左翼から5キロ離れた地点が渡河可能かどうかという地形判断ができないはずです。もし渡河が可能で赤軍の側面攻撃ができたとしても、青軍の主力と連携することができなければ、赤軍の主力は直ちに第1師団の側面攻撃に対処することが可能です。そうなった場合に第1師団は退却することも、青軍と呼応して反撃することもできません。そして何より赤軍の増援に対して青軍の主力が気が付かなければ、青軍は貴重な増援を全て失うと同時に、左翼から包囲を受ける危険があります。

3.この作戦案ならば、青師団が包囲される危険は回避することができますが、青軍の主力と合流できず、事後の作戦指導において青軍司令部には大幅な方針の転換が求められます。青軍の主力は既に赤軍との戦闘で消耗していることを考えれば、新たな増援なしで渡河攻撃を行うことには危険が伴います。結果的に赤軍も手詰まりとなりますが、これでは先に赤軍の増援の動向を察知することができていたという情報優勢を全く活用していません。答案1を採用した場合、つまり第1師団が主力と合流でき、かつ赤軍の増援の側面攻撃が失敗した場合と比べて、青軍は赤軍の主力を撃破する機会を逃すことになります。

KT

2014年2月7日金曜日

クラウゼヴィッツとランドパワー


近年、サイバー戦や宇宙戦などの概念が議論されていますが、安全保障の歴史において最も重要な役割を果たし続けているのはランドパワーであり、より厳密に言えば陸軍に他なりません。

もちろん、シーパワーやエアパワーの議論も関連してくるのですが、今回の投稿ではクラウゼヴィッツの軍事理論からランドパワーの位置づけを考えたいと思います。

まず、クラウゼヴィッツはランドパワーという言葉を用いていないことに留意しなければなりません。(この用語を持ち出したのはマッキンダーです)クラウゼヴィッツの貢献は、ランドパワーがどのような戦争を遂行する上で不可欠であることを定式化したことにあります。

少し長いですが、『戦争論』からの引用です。
「敵の戦闘力は撃滅されなければならない。換言すれば我々は敵の戦闘力をもはや戦争を継続しえないほどの状態に追い込まなければならない。我々は後に「敵の戦闘力の撃滅」という用語を使用するが、その場合にこの用語は全くこの意味に他ならないということをはっきりと断っておく。
敵の国土は攻略されなければならない。国土は新しい敵の戦闘力の供給源となることがありうるためである。 
しかし、上述の二つの件が我が方の意のままに成就されたにせよ、敵の意思を屈服させえない限り、すなわち敵の政府とその同盟諸国とが講和条約に調印するか、さもなければ敵国民を完全に屈服させない限り敵側における諸力の緊張と作用は依然として存続するため、戦争はまだ終結したと見なされることはできない。 
(中略)しかし、そのような場合でも抵抗を志してひそかに燃え続けてきた残り火は講和が締結されれば次第に消滅し、また緊張もやがて緩和されるのである。いかなる国民のうちにも、またどんな事情の下でも、講和に望みをかける多数の人々がいる者である。これらの人々の心は抵抗を継続するという方針から既に離反している」

この議論を要約すると、戦争に勝利するための過程が「敵の戦闘力の撃滅」、「敵の国土の攻略」、「敵の抵抗意志の屈服」という三つの段階に整理されているわけです。このテクストで私が注目したいのは国土を攻略するという過程が戦意を喪失する決定的段階として位置づけられていることです。これはエアパワーやシーパワーの議論でしばしば見落とされる論点です。

2013年にアメリカがシリアの化学兵器使用疑惑をかけて軍事作戦を計画した際、地上部隊を派遣するかどうかが議会で議論となっていました。結局のところ、シリアに空爆を行ったとしてもシリア国内に地上部隊を侵攻させることができなければ、何の政治的要求も強制できないのです。

それにもかかわらず、空爆だけを実施することにはほとんど意味がありません。かといって、陸上作戦を行うとなるとシリア軍の地上部隊を排除しなければなりませんが、それだけの戦力を動員できる状態にはありませんし、シリアにロシア軍の分遣隊が駐留していることを考えれば、アメリカ陸軍を侵攻させることはロシアを刺激しすぎることになったでしょう。

実際問題、ランドパワーがなければエアパワーやシーパワーの優勢を十分に発揮することは難しく、また国際政治の場面でもランドパワーの有無は決定的な意味を持っているのです。確固としたランドパワーの基礎なくして、いかなる安全保障政策を考えることもできません。

KT

2014年2月6日木曜日

退却にはどのような種類があるのか


以前、ナポレオンの軍事格言で退却に関する投稿を行いましたが、退却の形態にどのような種類があるか、戦術学的な議論を知りたいというご質問を頂きましたので、簡単にまとめておきます。

第一に、戦術学では作戦行動を攻勢作戦と防勢作戦に大別しています。
戦術学において、退却というのは防勢作戦の一種で、厳密には後退行動に位置づけられる戦闘行動の一種ということになるわけです。

さて、退却に関する研究ですが、軍事理論家のジョミニは退却について次のように議論しています。
「もし戦闘の理論が不明なものを何でも伏せておくなら、退却の理論がその中の一つに他ならない」 
「退却はその原因によっていくつかの異なる種類がある。将官は現在のそれより有利な陣地に敵を誘致する目的で先頭に先立たち自らの自由意思で退却を行うことがある。これは退却というよりも、むしろ賢明な機動と言うべきだろう」 
「将官は側面か、背後のいずれかの敵から脅威を受けている地点を急いで防衛するために退却を行うこともある。貧寒な土地で群がその補給処から遠く離れて行進中の場合、より近くで補給を行う見地から仕方なく退却することもある。最後に、軍は戦闘に敗北した後で、またその企図が不成功に終えた後で、やむを得ず退却を行うこともある」
ジョミニが指摘しているように、退却の戦術を研究する場合、その作戦目標の性格が状況によって異なることは重要な論点になります。

戦術というものは戦闘における損害交換比で戦果を判断することもありますが、突出した前線を整理すること、時間の猶予を確保すること、背後の拠点の防衛を強化することなどといった任務の性格から判断することも必要になってきます。なので、退却の形態はこうした作戦目標によって変化するというのが一つの答えとなります。

より形式的な退却の分類法について簡単に述べておきますと、ジョミニは退却を五つの範疇に分類しています。

・全軍が一本の経路上を行進する退却
・全軍が二または三個の部隊に分割して混乱を回避するため一日行程ずつずらして同一の経路を行進する退却
・全軍を複数の部隊に分割して共通の退却目標に向けて異なる複数の経路上を行進する退却
・作戦の開始時点から全軍を分割し、同一の根拠地から伸びる複数の異なる求心的な経路に沿って行進する退却
・作戦の開始時点から複数の根拠地から伸びる複数の異なる離心的な経路に沿って行進する退却

この分類法の検討は内線・外線作戦の態勢の議論になるので省略しますが、退却の戦術を研究する上で重要なのは経路の選択です。これは追撃の戦術を研究する場合にも同じことが言えます。

KT

2014年2月4日火曜日

現在のアフガニスタン軍の能力を評価する


アフガニスタン(以下アフガン)では大統領選に向けた準備が着々と進んでいます。投票日は4月5日となっており、現大統領カルザイの後に政権を握ろうと11名の候補者が出馬しています。

この選挙の結果次第で、アメリカの中東戦略の結果がはっきりと目に見える形で表れることになるでしょう。今後のアフガン情勢を考えるためにも、現在のアフガン軍について実態どの程度のものかを概観してみたいと思います。(以下の記述は2013年のミリタリー・バランスに依拠しています)

NATOの計画によれば、2014年までにアフガン軍の能力はNATOによるタリバンへの軍事作戦の実行を引き継ぐレベルに向上していることになっています。ここで興味深いのは、アフガン軍を支援するNATOの教育隊が特に重視しているのが航空戦力の強化であるということです。

現役のアフガン軍の勢力は約19万名、その内訳として陸上戦力は18万4000名、航空戦力が6000名程度となっています。ちなみに兵員については2014年までに26万名に増強する計画があるそうです(詳細未確認)。

現段階での部隊の編制はおおむね次の通りです。
・第111首都師団
・第201軍団
・第203軍団
・第205軍団
・第207軍団
・第209軍団
・第215軍団
・即応大隊が数個
・第1特殊作戦群
アフガン軍は国防省が管轄する部隊だけでなく、内務省が管轄する部隊が15万弱ありますが、こちらの詳細な装備や編制は分かっていません。正規軍の主要装備は戦車0両、装甲兵員輸送車173両、砲兵の装備に122ミリが85門、155ミリが24門です。

こうした陸上戦力の所要を考える一つの量的尺度に空間に対する戦力の密度があります。アフガンの面積65万平方キロに対してこの1万名の兵員で3万平方キロを抑える程度で、言い換えれば1名が3平方キロを担当する計算になります。

一見すると、アフガン軍が十分な勢力を確保しているようにも思えません。さらに山岳地域に特有の地形やタリバンのゲリラ作戦への処置、そして戦略予備のことを考慮する必要があるでしょう。要するに部隊の規模に対し、戦闘で使用できる兵員や装甲車両が絶対的に不足しているのです。この問題に対するNATOの解答が航空戦力の活用と考えられます。

アフガンのような山岳国の安全保障では地上部隊が決定的な重要性を持っています。山岳戦で地上部隊を航空部隊と連携させながら効果的に運用することは必ずしも経済的な方法ではありません。資料によれば、35機の練習機と50機強のヘリコプターの装備が導入されているに留まっており、2014年までに指揮権が委譲された後も航空機の整備に必要な部品や燃料は全面的にアフガン国外に依存することになるでしょう。それが貿易収支、引いてはアフガンの国民経済にマクロ的な影響を及ぼすことは避けられないでしょう。

実際問題としてアフガン軍の能力は独自に作戦を実行する上でさまざまな制限があり、要の戦力である航空部隊はNATOへの依存がなければ所定の機能を果たすことができない厳しい状況にあります。
こうした制約条件を正確に理解していなければ次期政権はタリバンとの作戦指導に失敗する危険があります。政権中枢や司令部要員に対してNATOが軍事的助言ができなければ、この危険は比較的近い将来に現実のものとなると考えられます。

KT

参考のために
BBC News - Afghan Presidential Election Campaign under Way
http://www.bbc.co.uk/news/world-asia-26007023