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2014年4月23日水曜日

文献紹介 ケネス・ウォルツの勢力均衡理論

ケネス・ウォルツ(1924-2013)は国際関係論の研究で最も重要な貢献を果たした政治学者の一人として知られています。ウォルツが残した研究業績の一つとして、勢力均衡の理論的分析があり、国際政治の安定性を勢力の分布によって説明するという理論体系の発展を促すことになりました。

今回は、勢力均衡理論に対するウォルツの貢献を『国際政治の理論』の成果を中心に紹介したいと思います。

文献情報
Waltz, Kenneth N. 1979. Theory of International Politics. Reading, Mass.: Addison-Wesley.(邦訳、河野勝、岡垣知子訳『国際政治の理論』勁草書房、2010年)

それまでの勢力均衡の考え方
ウォルツが著作を発表する前から、勢力均衡理論が国際政治を説明する上で重要な意味を持っていることは一般に知られていました。

政治学者モーゲンソーの勢力均衡理論では、現状打破を求める国家と現状維持を求める国家の対立として国際政治が展開されるというモデルが採用されていました。
さらに、対立する諸国家の相対的な能力はその地理環境や物的資源、軍事力、経済力、政治体制などの諸要因によって変化し、ある優勢な国家が他の劣勢な国家に対して現状打破を企図した軍事行動に出れば、現状維持は軍備増強や同盟強化などの手段によってそれに対抗しようとするものと考えられています。
(詳細はモーゲンソーの勢力均衡理論を参照)

このモーゲンソーの勢力均衡理論は時代や地域を問わず、さまざまな国際政治上の事例に適用可能であったのですが、どのような勢力関係であれば国際政治が安定しやすいのかを理論的に説明するという観点から不十分なところが残されていました。

国家は常にバランシングするとは限らない

このような分析から、ウォルツはモーゲンソーのように現状打破を試みる勢力に対してこれを阻止するために現状維持を目的とする諸勢力が軍備拡張、同盟強化を行うとは限らないということを明らかにしました。
「勢力均衡理論は結果的に均衡を形成するような形で国家が行動することを予想するものである。よく言われることであるが、均衡をとること、すなわちバランシングが政治行動の普遍的パターンであるならば、理論からそのような予想をしたところで大して驚くべきことではない。しかし、実際にはバランシングは普遍的なパターンではない。政治主体が相互に均衡するのか、勝ち馬に乗るかはシステムの構造による」
要するに、ウォルツはモーゲンソーのように現状打破に対して国家が常に現状維持を図るわけではなく、攻撃的な行動をとる国家に便乗するようなバンドワゴニングを図ることも合理的に考えられると指摘したのです。
「勢力均衡理論は行動と結果についての多くの期待を導く。この理論から予測されるのは勢力均衡が国家行動の目的かどうかにかかわらず、国家はバランシング行動を採るだろうということである。そしてシステムの中の均衡に向かう強い傾向を予測することも可能である。これは一旦達成された均衡が維持されることではなく、破壊されても均衡は何らかの仕方で回復されるという予測である。勢力均衡は繰り返し形成される。この理論は国際政治を競争システムとして描くので、国家が競争者としての共通の特性を示すこと、つまり国家が互いを模倣し、システムに社会化されることを、より具体的に予測できる。本性はこれらの命題を検証できるように、より個別的で具体的にする方法を示してきた」
興味深いことに、ウォルツは現状維持を目的としないバンドワゴニングもまた勢力均衡によって説明することができると考えていました。つまり、バンドワゴニングを選択する国家は、現状打破の後に改めて別の形態の勢力均衡を形成することができると期待して行動しているということです。

想定に基づくバンドワゴニングの説明
ある潜在的大国Aが現状打破によって自国の周辺地域に対して覇権的地位を獲得するため、攻撃的な意図を持って軍備拡張を続けているとします。
既存の大国Bは現状維持のために軍備拡張のため同盟国と連携して防衛体制を強化しようとしますが、この際に同盟国が潜在的大国Aに味方してしまった場合、これは何を期待した行動だと考えられるのでしょうか。

ウォルツによれば、国家は一時的に均衡が失われたとしても、それを自国にとって有利な形で回復することができるという期待を持つことがあり、そのため大国Bのバランシングに同調せず、バンドワゴニングを選択するのです。
このような期待は、潜在的大国Aの国力に対して大国Bが相対的に劣位であり、両国が争うことになった際に勝利するのは大国Aであるという予測によって形成されることになります。

勢力均衡理論においてバランシングだけではなくバンドワゴニングも想定することが重要だと指摘したウォルツの研究ですが、この成果はさまざまな時代や地域の国家の対外行動を説明する上で参考にされたのです。

KT

2014年4月21日月曜日

三対一の法則は「法則」なのか?


今回は「三対一の法則」の妥当性を論点として取り上げたいと思います。

戦闘で攻撃者が防御者を撃破するためには防御者の三倍あるいはそれ以上の勢力が必要である。

三対一の法則は防勢優位仮説とも関係する重要な仮説で、言い換えれば攻撃を行うよりも防御を行えば三倍の戦闘力を発揮することができることを意味します。

さて、ここで問題なのは、この三対一の法則というのは本当に現代の軍事学の見地から見て妥当なのかどうかということです。

諸説あるのですが、一説によると三対一の法則についての記述は、第一次世界大戦に関するイギリスの公刊戦史に由来するようです。
そこでは「勇気、訓練、士気、装備が等しい両軍において、敵を陣地から駆逐するためには三倍の勢力を必要とするとみられる」(出典未確認)という箇所があり、そこから派生して攻撃者には防御者の三倍の勢力が必要という議論になったようです(栗栖1997: 179)。

この「3」という定数がどのような計算から導き出せるのかということは明らかにされていないにもかかわらず、冷戦期の教範でもこの仮説は長らく参照され続けていました。

そのため、三対一の法則は研究者の間でも論争的な研究テーマであり、参照されることがあったとしても、確実な法則として見なされていません。

この仮説を批判的に検証したプリンストン大学のエプスタイン教授の研究では、攻撃者が防御者の3倍の勢力が必要とは必ずしも言えないことを報告しています。

エプスタインの説によると、陸上戦闘における防勢作戦には長期持久を狙った陣地防御と短期決戦を狙った機動防御で戦闘の結果が異なるだけでなく、攻撃者がどのような方法で攻勢作戦を行うかによっても結果が変化するため三対一の法則には科学的根拠が欠けているということが指摘されています(Epstein 1989)。

三対一の法則を擁護する立場の議論として、シカゴ大学のミシャイマー教授の研究があります。
ただし、ミアシャイマーも三対一の法則を手放しで擁護しているのではなく、いくつかの条件を設定した上で限定的な妥当性があるということを主張する立場です。

ミアシャイマーの研究によると、三対一の法則は攻撃者が20から50キロメートル程度の戦闘正面で突破を行う場合においてのみ適用される法則です(Mearsheimer 1989)。
つまり、三対一の法則は、特定された戦術の下で防御陣地に対する正面攻撃が成功するかどうかを大まかに予測するための一つの基準だという見方です。

これはこれで興味深い主張なのですが、残念ながらその後に統計データの解釈やその操作の不備があることが指摘されており(Dupuy 1989)、結局のところ三対一の法則がどの程度妥当するのかは不明とされています。

ここまでの研究活動の結論として言えることは、三対一の法則は「法則」と呼ぶことはできないということです。

この問題についての私の個人の考えを述べるならば、三対一の法則はイギリス軍の研究が「敵を陣地から駆逐するためには」と想定し、ミアシャイマーも陣地に対する攻撃に必要な兵員の目安として考えていることから、三対一という仮説を安易に一般化することは避けなければならないと思います。

しかし、作戦計画を立案するためには見積もりが必要である以上、三対一の法則はこれからも所要戦力の規模を大ざっぱに見積もるための定説として生き残っていくことであろうとも思います。

KT

参考文献
  • Mearsheimer, J. J. 1989. ''Assessing the Conventional Balance: The 3:1 rule and Its Critics,'' International Security, 13(4): 54-89.
  • Epstein, J. M. 1989. ''The 3:1 Rule, the Adaptive Dynamic Model, and the Future of Security Studies,'' International Security, 13(4): 90-127.
  • Dupuy, T. N. 1989. ''Combat Data and the 3:1 Rule,'' International Security, 14(1): 195-201.
  • 栗栖弘臣『安全保障概論』ブックビジネスアソシエイツ社、1997年

2014年4月15日火曜日

戦場の引き際は兵士の死に際

ご来訪下さり、誠にありがとうございます。
今回は防勢作戦において最も困難で知られる戦術、後退行動を紹介したいと思います。

定義:後退行動(Retrograde)とは敵から離れる組織的な運動に関わる防勢作戦の一種である(FM 3-0)。
後退行動で最も考慮すべきことは、敵が後退する我を追撃してくる可能性です。
背後を攻撃される場合、我の損害は極めて甚大となる傾向があるため、この問題に具体的な処置を行うことが後退行動の問題となります。

この問題を考えるためには後退行動に三つの下位分類があることを知らなければなりません。
・遅滞(Delay) 戦闘によって敵の攻撃部隊の動きを拘束しつつ行う後退行動
・離脱(Withdrawals) 敵との接触を断って戦闘を伴わずに行う後退行動
・離隔(Retirement) すでに敵との接触を絶った部隊がさらに距離を置く後退行動

図上戦術で遅滞を示すと、冒頭の図のようになります。
これは左の図から順に遅滞戦闘を行う方法を示しており、赤軍の攻撃に対して青軍はA大隊(部隊符号はIIです)とB大隊に分かれ、前後に異なる陣地を占領しています。
赤軍が攻撃するのに応じて、青軍はA大隊とB大隊が交互に後退行動を行い、こうした態勢を維持することで敵に背後を見せる危険を最小限に抑えることができるのです。


上記の図は離脱について説明したもので、(1)掩護を受け、かつ敵の圧力がある離脱、(左上)、(2)掩護を受けず、かつ敵の圧力がある離脱(右上)、(3)掩護を受け、かつ敵の圧力がない離脱(左下)、(4)掩護を受けず、かつ敵の圧力もない離脱(左下)の四つに場合分けされています。

離脱はそれまで敵と戦闘を行っていた部隊が行う後退行動の一種です。
原則として、敵の追撃を受ける危険を減らすことが重要であり、そのため離脱は可能な限り夜間に実施するべき後退行動と言えます。


最後に離隔の図示ですが、これは敵と接触していない状態での後退行動です。
そのために、前衛、後衛、側衛に偵察部隊を配置し、主力が速やかに後退することができるように処置するべきということが原則になります。
図の意味を説明すると、2個の主力の周囲を取り囲むように偵察部隊が警戒を行っていることがわかります。
主力の前進方向に対して前方にいる4個の部隊(うち2個は工兵部隊)が前衛、両翼側面に2個、後衛に1個の部隊が配置され、鍵形の矢印は警戒の範囲を表しています。

後退行動の成功は敵の攻撃機動に関する状況判断にかかっており、極めて難しいものです。

ジョミニは後退行動について「およそ退却が戦争で最も困難な作戦であることは確かである」「戦闘に敗北して潰走するさ中の軍の物心両面の条件や秩序を維持する難しさ、あらゆる場所で渦巻く混乱を考えるとき、どんな経験豊かな将軍でも、この種類の作戦に辟易とする理由を理解することはそれほど難しくない」と論じています。

だからこそ後退行動は戦場で重要な意味を持つ戦術問題と言えます。
戦史を見ると、戦闘による敗者の損害の大部分は敗北した直後ではなく、敗北した後の後退行動で発生する傾向があります。
勝利した側も戦闘で疲弊し切っているものですが、それでも追撃を行わなければ戦果は十分ではありません。
ここに後退行動が持つ戦術上の意義があるのです。

KT

2014年4月11日金曜日

世界の価値観を統計で見ると


今回はこうした文化や国民性について統計調査を行った成果について紹介し、安全保障との関係について少しだけ触れたいと思います。

1980年代にヨーロッパの大学を中心に国民の「価値観」を統計的に調査する研究が進んだのですが、現在、「世界価値観調査(World Values Survey)」という研究プロジェクトの下で、こうした調査が世界規模で行われるに至っています。



この図は2012年に政治学者が調査結果を元に作成、公開したもので、X軸は自己表現/生存自活の価値観、Y軸は宗教・伝統/世俗・合理の価値観を表しています。

基本的な見方としては、上に行くほど世俗的、無宗教的な価値観であり、右に行くほど自分自身の個性を表現する開放的な価値観だと判断することができます。

見てみると、日本(Japan)はX軸の0.4、Y軸の2の座標付近にあります。図の一番上のほうにある点です。

この調査結果を初めて見た時に私が意外だったのが、日本と価値観が最も近い国がヨーロッパにあったことです。
この図で価値観が一番近いのはドイツ(Germany)とチェコ(Czech)で、その次に近いのはノルウェー(Norway)となります。

東アジアに限定すれば、価値観が最も近い国は香港(Hong Kong)、台湾(Taiwan)、その次に中国(China)で、韓国(S. Korea)が最後に来ます。当然のことではありますが、北朝鮮は調査対象に入っておりません。

こうして全体の分布図の中で日本が占める位置を見てみると、かなり日本という国は世界の中で世俗・合理の面では「極端」に位置する価値観を持っているようにも見えます。日本のように世俗・合理の点が高い国を見れば、他にはスウェーデンが挙げらえる程度です。

異文化理解や国民性に関する本格的な調査研究は安全保障学でも盛んになった時期があるのですが、それは冷戦期のソ連研究がきっかけでした

ソ連の戦略を分析する中で、アメリカ人たちがロシア人の戦略に関する考え方には何らかの文化的な相違が関係しているのではないか着想し、それが発端となって研究が進みました。
現在の国際政治学では戦略文化論とか、構成主義という名前でこの研究プログラムは知られています。

こうした研究は分析対象を定量化するのが難しいので、まだ十分な証拠で基礎づけられているわけではないのですがこうした統計調査から判明する事実がこれから増えれば、その国家の戦略の傾向性について文化的な説明が重要な位置を占めるようになるかもしれません。

少なくとも現在の調査を見る限り、日本の価値観が世界の大多数の国から見た場合に、かなり特殊な傾向であると自覚することが必要なようです。


KT

2014年4月9日水曜日

経済的浸透と従属国の確保


環太平洋連携協定の交渉が進んでいるようです。私が知る限り、4月下旬のオバマ大統領の訪日を見て4月中旬に交渉が山場を迎えるらしいですが、この問題については経済的側面だけでなく政治的側面についてもよく検討しなければいけません。

国際政治学では貿易は平和維持や地域統合をもたらす、という主張があることは事実です。
しかし、この主張は十分な事例や証拠に裏付けられたものでもなく、さまざまな論争があることから言っても定説とは言えません。

安全保障学の観点から言えば、貿易の問題は経済的安全保障、または広い意味での状況的安全保障に属する問題です。対外的安全保障とは異なる次元ですが、貿易は国家安全保障に潜在的影響を及ぼす要因であると考えられています。

貿易は経済的側面だけではなく、政治的側面があることの事例として、今回は1930年代おけるドイツのヒトラー政権による対外政策で経済力がどのように活用されたかという事例を紹介したいと思います。

1933年にヒトラー政権が成立すると、ドイツはいくつかの大規模な貿易政策の見直しを行っています。
まずフランスやイギリスといったヨーロッパ列強からの重工業製品の輸入に依存しないドイツ経済を確立するために産業振興を推進し、対外取引は原材料や食料品の輸入に限定するようにしました。(といっても、イギリスやフランスから工業製品の輸入が完全になくなったわけではありませんでした)
ブルガリア北部の都市ルセで初めて置かれた銀行の絵葉書。
ルセはブルガリア最北端の都市で、貿易都市として発展した。
事例として、ブルガリアの小麦を挙げましょう。
ドイツはブルガリアから輸出用小麦をブルガリア国内の相場より高く買い上げ、それを国際市場にの相場よりも安い価格で売却し、継続的に外貨を調達することに成功しました。この取引は金や兌換通過ではなく、信用払いで決済されていました。

ブルガリアの農家はこうしたドイツの政策に反応し、ドイツ以外の販路を捨て、ドイツ輸出用小麦の生産力を拡大することに専念するようになります。
農家の所得が増大してのでブルガリア経済はインフレが促進され、そのためブルガリアはドイツ以外との貿易取引量をますます縮小させました。
こうして、ブルガリア経済のドイツへの依存を強化することに成功しただけでなく、ブルガリア国内でドイツ支持を拡大することにも繋がりました。

ルーマニアの油田地帯の写真(撮影時期不明)。
同国はヨーロッパ最大の産油国の一つだったが掘削のための工業技術に欠いていた。
もう一つの事例としてルーマニアの石油の事例が挙げられます。
ドイツは国内需要を満たすためにルーマニアに有利な価格条件で石油の取引を持ち掛けました。
それと同時にドイツはルーマニアに石油開発で不可欠な重工業製品の輸出を提案しました。
最終的にルーマニアは資源開発のためのドイツの「顧問団」を受け入れ、ドイツ系企業がルーマニア経済に進出するための制度を整えることで協定を締結したのです。
こうした政策によってドイツ向けの石油がルーマニア経済のかなめの産業として成長しました。

ブルガリアでは1934年にボリス2世がクーデタで政権を掌握し、ルーマニアでは1940年にファシスト政党のアントネスク政権が成立して以降、両国はドイツを盟主とする枢軸陣営に接近していくことになり、第二次世界大戦でもドイツの味方となりました。

ここではドイツの事例を取り上げましたが、こうした事例は歴史上多く見られるものです。イギリス、フランス、アメリカ、ロシア、中国、もちろん日本もこうした経済的手段を活用した対外政策を展開してきました。

まとめますと、現代の日本経済において貿易は不可欠なものであることは確かです。
ただし、貿易は単なる経済的活動ではなく、「他の手段によって行われる政治の延長」であること、つまり政治的活動としての側面があることを理解しておく必要がある、というのが私の見解です。

KT

2014年4月7日月曜日

軍事力を測定する困難、戦力乗数



国際関係論、特に安全保障学の研究において勢力測定問題は最も基本的な問題であり、研究者の技量が問われる問題の一つでもあります。

というのも、特に現実主義の理論を用いる場合、対外政策を説明するために勢力均衡の概念を適用するので、勢力均衡を支える各国の勢力、つまり軍事力水準を判断する必要があるためです。

そもそも分析する対象の国家が他の国家に対してどの程度の実力があるかが判明できないと、その国家に対する基本的な戦略すら立案できません。

しかし、軍事力測定問題は専門的に分析すると非常に複雑な問題でもあり、その判断基準についてさまざまな考え方があります。今回はその議論の一部を簡単に紹介したいと思います。

最も簡単かつ標準的な方法として知られているのは軍事力の特性値を「人員」として定義してしまう方法です。
ナポレオンは「神は大きな大隊の側に立つ」という言葉を残していますが、これは「より大きな兵員を擁する大隊が戦闘では勝利する」という意味です。

現場の感覚から行っても「人員」=「軍事力」は直感的に理解しやすい因果関係ですし、現在の理論研究でも「その他の条件が等しければ」という前提があれば理論的にも正しいと考えられていますが、議論はここでは終わりません。

というのも、「人員」という定量的要因に加えて「武器」の問題があり、これが戦闘力を飛躍的に向上させてしまうためです。

さらに「作戦」の問題もあります。攻勢作戦と防勢作戦では彼我の損失が大きく異なることが実証研究から分かっています。

つまりある国家の軍事力の水準を判断しようとする場合、その国家がどのような作戦を遂行しようとしているかを見極めることが非常に重要ということです。
より具体的にこのことを説明するために、少し古い研究ですがアメリカ陸軍の研究機関による「戦力乗数」に関する研究を紹介したいと思います(McQuie 1993)。
「戦力乗数とは武器や部隊の規模以外の関連し合う特性の集合であり、戦闘において軍事組織を一層効果的にするものである。例えば、同じ種類の武器を装備した同じ規模の二個の部隊は多かれ少なかれ拮抗することになるだろう。しかし、そのうちの一つの部隊に優越した戦力を発揮させる戦力乗数があれば、そのようにはならないだろう」(McQuie 1993: 975) 
「公式に認められた戦力乗数の一覧というものは存在しないが、軍事に携わる研究者はしばしば次のような変数を参照する。(1)航空優勢、(2)通信、(3)配置、(4)統率、(5)情報、(6)兵站、(7)運動、(8)士気、(9)奇襲、(10)訓練」(同上)
軍事力の測定のために参照しなければならない要因の相当の部分が運用に関係していることが指摘されています。

戦力乗数において優れていれば、「大きな大隊」と同一の効果を「小さな大隊」でも発揮できるということです。
これは国際関係論において軍隊の規模が小さいからといって発揮できる軍事上の能力が小さいと判断できないことを含意していますし、逆もまた然りです。

ただし、注意しなければならないのは少数の兵員で編成した軍隊は多数の兵員で編成した軍隊よりも、短期的には効率が高いとしても、長期持久の戦争において脆弱になりがちだということです。

やはり、最後の局面においては「神はより大きな大隊の側につく」という言葉はある意味での真実だということは認めなければなりません。

参考文献
McQuie, R. 1993. ''Force Multiplier,'' in Dupuy, T. N., ed. International Military and Defense Encyclopedia, New York: Brassey's, 975-976.

KT

2014年4月5日土曜日

弱者のための戦争、非対称戦争


強さは一通りではありません。弱者には弱者なりの戦い方があります。
この問題は軍事思想史でかなり古いテーマなのですが、特に2000年代から非対称戦争という概念で盛んに議論されるようになりました。
今回は非対称戦争が戦略学でどのような意味を持ち、どのような議論が行われたかを一部紹介したいと思います。

まず非対称戦争の定義ですが、非対称という言葉について米軍は次のように定義しています。
「非対称: 軍事作戦において、敵勢力の短所を突く代わりに敵勢力の長所を出し抜き、もしくは無意味にする類似していない戦略、戦術、能力、方法を適用すること」(JP 3-15.1)
つまり、非対称戦争とは敵勢力の短所ではなく長所に着目してその優位を逆用するために敵勢力と異種の方法で戦う戦争のことを意味します。

研究者たちが非対称戦争が関心を集めた理由は、予想外に中小国が大国との戦争で敗北しないことがあるためでした。
一般的な勢力均衡の考え方で言えば、人員、武器、装備に優れた軍隊が劣った軍隊に対して直ちに勝利を収めると予測されます。しかし、非対称戦争においては弱者が強者に一方的な優勢を許さないように、あらゆる変則的な作戦を展開してくるのです。

ある研究によれば現代では非対称戦争において劣勢な勢力が勝利する傾向が強まっていることが報告されており、その戦略を原理的に解明する必要が一層強まったと判断されています(Arreguin-Toft 2001)。

現在の戦略理論で非対称戦争はどのように説明されているのでしょうか。
非対称戦争を理解するためには「あらゆる戦略には理論上の対抗のための戦略が想定されている」ことが大前提となります。例えばクラウゼヴィッツは戦略理論で敵の最重要な部隊を重心と特徴づけて、それを打破するために我の戦力を集中させることを主張したことがあります。

これは要約すると攻撃の重点を極限まで限定的に設定してそれを一度の攻勢作戦で完全に殲滅することにより決定的な勝利を収める戦略なのですが、この戦略の大前提には敵の戦力が一定の程度において集中して配置されているという想定があるのです。
もしこうした戦略に対して戦力の分散を徹底した遊撃によるゲリラ作戦を仕掛けるならば、非対称戦争が成立するでしょう。

非対称戦争の原理は非常に単純なもので、古くから戦略思想史で議論されてきたものです。
「故に兵に常勢なく、水に常形なし。よく敵に因りて変化して勝取る者、これを神と謂う」、「兵は詭道なり」という孫子の有名なテクストは、非対称戦争の思想を的確に表現したものとして解釈することもできます。
その方法がどれほど時代によって変化しても、戦略の本質が相手を欺くことにあることは今も昔も変わりません。
「戦略とは(中略)戦力の弁証法の技術であり、より具体的には紛争を解決するために戦力を使用する二つの対抗意志の弁証法の技術である」ボーフル
参考文献
Arreguin-Toft, I. 2001. "How the Weak Win Wars: A Theory of Asymmetric Conflict", International Security, 26(1): 93–128.
Mack, A. 1975. ''Why Big Nations Lose Small Wars: The Politics of Asymmetric Conflict,'' World Politics, 27(2): 175-200.
Paul, T. V. 1994. Asymmetric Conflicts: War Initiation by Weaker Powers, New York: Cambridge University Press.

KT

2014年4月3日木曜日

戦技なくして戦術なし


上の分隊教練の写真に見られるように、軍隊ではあらゆる動作が標準化されています。これは現代の経営学でも盛んに応用されている管理科学の理論に基づいています。

軍事組織における標準化を理解するために、戦術、戦技、準則という言葉を紹介したいと思います。
三つの概念は次のように定義されます。

・戦術(Tactics)とは戦闘において諸部隊を展開することをいう。
・戦技(Techniques)とは所定の任務と機能を果たすように部隊、指揮官によって用いられる全般、詳細の方法をいう。
・準則(Procedures)とは任務を遂行する方法を表した標準的かつ詳細な行動方針をいう。

(米軍の文書ではこれらの頭文字を取ってTTPと略することもよくありますが、例の貿易交渉とは関係ありません!)

さて、なぜこのような分類が必要なのでしょうか。

戦術とは本来、戦略・作戦の下位において、その特定の状況に固有の条件があるために絶えず異なった状況判断を要求されるのです。しかし、戦技と準則というものはそれほど状況判断力を必要としないためなのです。
というのも、戦技や準則とはあらゆる状況において繰り返し適用できる行動をまとめたものとして作成されているためです。

教範には次のように解説があります。
「特定の問題に対するあらゆる解決はこれら戦術、戦技、準則の独特な組み合わせであるか、もしくは状況の重要な評価に基づく新規の考案である。戦術家は訓練や作戦で得た経験に立脚しながら、教義と既存の戦術、戦技、準則の習得を通じて、自らの解を決定するのである」
つまり、戦術とは創造性を要求される問題解決であり、そのためには定式化されて操作可能な技能や行動パターンが基礎となるということです。

丘に陣取った敵の防御陣地に対して1個の歩兵小隊が攻撃を仕掛ける状況を想定しましょう。
全く何の標準化も行われていない場合、その小隊を攻撃のために配置につかせるだけで、どれだけの煩雑な命令を出さなければなりません。

例えば各分隊員が前進する号令はどうするのか、前進する際の姿勢はどうするのか、戦闘中の制圧射撃ができたことや前進準備ができたことを伝達する方法はどうするのか、細部にわたるこうした指示を出すことは煩雑であり、時間がかかり、しかも各自の理解が徹底できていない可能性があり、信頼性に欠けたものです。

事前に教範や訓練で予め標準化された動作や部隊行動として戦技やSOP(標準行動準則)が確立できていれば、それらを基本に部隊の動作を組み合わせることで複雑な作戦が可能にしているのです。

これを錬成するためには長い時間と大きな労力が必要であり、それには戦闘職種、戦闘支援職種、後方支援職種いずれの場合にも当てはまります。

というのも、現場ではこの種の戦技や準則が演習を通じて絶えず見直され、必要に応じて上に報告や提案を行い、またそれを演習で点検するという繰り返しが必要だからです。
したがって、その部隊のTTPの水準は幹部よりも下士官に負うところが大きくなります。

戦略、戦術、兵站に関する高等な軍事理論の研究においてはTTPの適否の議論は省略せざるを得ません。
しかし、勝利とは本来こうした地道な努力の積み重ねであることは常に銘記されておくべきではないでしょうか。


KT

2014年4月2日水曜日

ルーデンドルフと全体戦争の問題


平素より本ブログをお引き立て下さいまして、誠にありがとうございます。
気が付けば既に閲覧数1000を超えており、つきましてはこの場を借りて、皆様にお礼を申し上げます。今後も安全保障に関する記事を投稿していきます。

さて、今回は戦略学の観点から全体戦争についての議論を紹介したいと思います。

戦略学で全体戦争の議論が始まるきっかけとなったのは第一次世界大戦であり、この時期にドイツでのちの日本の戦略思想にも影響を与えたルーデンドルフが『全体戦争論』という著作を発表します。(日本では『国家総力戦』という題名で知られています)
ルーデンドルフは一次大戦の教訓として次のように論じました。

「しかるに世界戦争は過去150年間の全ての戦争と全く異なる性質を現した。
つまり参戦国の軍隊はそれぞれその相手の軍隊の殲滅に努力したばかりでなく、国民自身もまた戦争遂行の作業に深く関係して、戦争行為は直接的に国民に課せられ、国民自身も戦争の困苦を直接経験した。

こうして国民も軍隊も一体となって、その間には明確な区別はなく、文字通りの全体戦争となり、世界の諸国民はそれぞれ終結した全力を挙げて対峙した。
ここにおいて単に軍隊だけでなく参戦国の全国民の生活と精神に及ぼす、いわゆる全体戦争が生じてきたのであり、このことは一つには過去と異なった政治的形態により、一つは人口の増加とこれに伴う一般兵役法の採用、さらにますます威力が増大してきた新兵器に起因するものである。

今や戦場は文字通り交戦国の国土のすべての地域にわたって軍隊だけでなく国民全般もその程度の差こそあれ、直接的、または間接的に戦闘行為の対象となり、ともに戦禍に悩むことになってきたのである

(中略)全体戦争の本質は全国民に対する致命的な脅威が実際に発生し、しかして国民が戦争の重荷を担う決意に満たされた場合に初めて実行することができるような性質のものであり、内閣による戦争の時代、限定された政治的目的を持つ戦争の時代は過ぎ去ったのである」

中央の人物 エーリッヒ・ルーデンドルフ
ルーデンドルフの業績は全体戦争という概念を戦略概念としてかなり早い段階から定式化し、それに基づいた戦争指導の抜本的な見直しを主張したことでした。戦略的に特に重要な主張として次のものがあります。

・戦域の範囲が著しく増大して国家の領土の全体を含むようになったということ。
・戦闘の拡大や長期化に伴って投入される軍事力の規模も増大し、兵站支援との関連で従来の軍事部門に限らず民間部門においても物的・人的資源の徴発や徴兵を通じた動員が必要となったこと。
・国民の経済活動と軍隊の兵站支援の区別がなくなった結果として、国民の経済活動を妨害、破壊する活動が戦争行為としての性格を帯びたこと。

防衛産業がますます民間部門の産業に依存を強めると、それらの間に区別を設けることは困難です。現代の戦略爆撃の理論でも指揮中枢を中心に、基幹産業、インフラストラクチャー、住民、そして戦闘配置にある軍隊という五種類の目標を設定しています。

こうした目標をあえて狭く設定する戦略理論に限定戦争の理論がありますが、これが登場するのは核戦争の危険が認識されるようになった後のことです。この議論はまた別の機会に。

全体戦争の理論は戦略家にとって非常に重要なものです。
というのも、私たちは普段、軍事と非軍事を区別して安全保障を考えていますが、ルーデンドルフが指摘しているのは「戦争に結び付かないものは存在しない」ということなのです。
戦略で最も難しいのは戦争を見る視野を広く持つことです。あらゆる活動や施設が攻撃目標になりうるということは戦略家であればだれもが一度は考え抜かなければならない問題だと思います。

KT